第5話 執事

俺は少し考えた後、深呼吸をして決心を固めた。

愛華の言葉を否応なく受け入れるしかないようだ。

もしここで断ったら、どうなるのかも想像できないし、

今の俺に他の選択肢はない。



「わかった、その条件で俺はかまわない」



愛華は満足そうに微笑むと、軽く頷いた。

「それじゃ、仕事を始めてもらうわね」



その後、美佐子さんが現れ、俺は彼女から仕事を教わることとなった。

美佐子さんは静かで、淡々とした口調で指示を出してくる。

最初に教わったのは部屋の掃除だった。

掃除機をかけて、拭き掃除をして、家具をきちんと整える。

単純な作業だが、いざやってみると意外と時間がかかる。

部屋の隅々まできれいにするには、細かい気配りが必要だと実感した。



「ちゃんと角のほうまで掃除機をかけてくださいね」

美佐子さんが指摘する。

「手を抜かず、しっかりやること。お嬢様の部屋だから、

きれいに保つのが私たちの仕事です」



その言葉を胸に、俺は掃除を続けた。

何も言わず、ただ黙々とこなしていく美佐子さんの姿を見ていると、

彼女がどれだけこの家で役立っているのか、

改めてわかる気がした。



次に教わったのは庭の手入れだった。

庭に出ると、美佐子さんは丁寧に手入れをしている花々を指さしながら説明を始めた。



「この花は水が多すぎてもダメだし、

日陰においておくとすぐに枯れてしまいます。つまりバランスが大事、ということです」



「なるほど、花によってやりかたが違うんですね」

と俺はメモを取りながら言った。

手入れは簡単なように見えて、実際にやってみると難しい。

庭全体を美しく保つためには、花や草木一つ一つの状態を把握し、

適切なケアをする必要があるのだ。



「そう、そんな感じで大丈夫です」

俺の仕事ぶりをみて美佐子さんは静かに微笑む。


「次はもっと大きな仕事も教えてあげます。

慣れてきたら、他のことも頼むかもしれません。いいですか?」



俺は黙って頷くと、また庭の手入れを続けた。

最初は戸惑いながらだったけれど、

少しずつ仕事に慣れてきた自分に気づく。

掃除も、庭の手入れも、

俺がここでしっかりとやらなければならないことだと自覚するようになってきた。


しばらくはこれが俺の新しい生活の一部になるのだろう。




夕食の時間が近づくと、

美佐子さんはキッチンで料理を作り始めた。

一体何を作っているのだろうか、と興味を持ちながらも、

俺は少し休憩を取ることにした。

そういえば、愛華の姿が見当たらない。気になった俺は少し屋敷の中を見て回ることにする。



屋敷の広さは予想以上で、

廊下を歩いていると次々に目新しい部屋が現れる。

どの部屋も豪華で、

広々としていて、ただの家ではなく、

まるで別世界に足を踏み入れたような気分になる。

そうして歩きながら、ふと気になる部屋を見つけた。



ドアノブがない部屋。

少し離れたところから見ても、明らかに普通の部屋とは違っている。

開かずの扉がとても異常なもののように感じられて、

無性に気になった。



その部屋の前で立ち止まっていると、

背後から愛華の声が聞こえた。



「中が気になる?」



驚きながら振り返ると、愛華がそこに立っていた。



「別に…」


俺は思わず素っ気なく答えてしまう。


正直なところ、愛華の言う通り、確かに中がどうなっているのか気になる。

でも、別に無理に見たいというわけでもない。



愛華が俺の少し前に歩み寄り、そして静かに言った。

「この部屋の中は地下へと続いているって、そうお父様が言っていたわ」



地下?


俺はその言葉に驚き、少しだけ警戒心を抱く。

この屋敷にはまだまだ知らないことがたくさんありそうだが、

地下にはなにか隠されているに違いない。



「今夜、その先に案内してあげるわ」

愛華は柔らかな声で続けた。


その言葉に、俺はまた一歩引いて考えた。


案内してもらうということは、

また何かされるのではないかと心の中で思う自分がいた。

色んな想像が頭の中をかけまわり、心臓の音が次第に早くなっていく。



愛華はそのタイミングでさっと手を差し伸べてきた。



「そろそろ夕食の時間だわ。行きましょ」

愛華は俺の手を引き、強引に食堂へと向かわせる。



その瞬間、俺は自分の心の中で決めたことがあった。

今夜、もし地下のことを聞かされるなら、

それについてもっと深く知ろう。


それがどんなことでも、俺はそれを知る必要がある、そんな気がした。


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