魔法少女に気をつけろ!!!

おふとん

第1話 出会い

春休みが終わった。

終わったと言うには、まだ実感が湧かないが、

時の流れはそんなもので、どうせ俺が感じようと感じまいと進んでいく。

春休みなんてものは、ただの休養に過ぎなかったんだろうな、

と思いながら、始業式が行われる体育館に向かった。


そんな中、俺の視界に一瞬現れたのが、あの子だ。


黒髪のボブ。ピシっと切り揃えられて、

まるであらかじめ定められたラインに沿って生まれてきたかのような完璧さ。

何とも言えぬ、清潔感。

その姿、彼女と視線が交錯した瞬間、

俺の脳内で「恋」という単語が、まるでビックリ箱のように飛び出した。


一瞬、時が止まったかと思った。

でも、時は止まらない。

時間というのは、止まった瞬間でも動き続けているものだ。


それで、どうするかって?

なんてことはない。

始業式を終え、教室に戻る。

すると、あの子が窓際の席に座っている。

どうやら、同じクラスってことらしい。

まさしくあれだ…そう…運命だ。

だが、運命って言葉にすれば安っぽくなるような気がして、

ちょっとだけ照れくさい気分になる。


窓際の席。悪くない。どこか、彼女らしいミステリアスな立ち位置だ。

ってそんなことより俺が今考えるべきは、彼女がどんな人なのかだ。

いや、そもそも、どうして俺はこんなに彼女に引き寄せられているんだ?

なんてことを考え始めると、もう止まらない。


そこに、真面目そうな眼鏡をかけた担任が登場する。

予想通り、自己紹介が始まる。

どんな担任でどういう授業をするのかなんてどうでもいい。

大事なのはただ1つ。

窓際の席に座っているあの子と、

どうやって仲良くなるかだ。



チャイムが鳴って、ホームルームが始まり、

そして気づけばあっという間に下校の時間が訪れる。

俺は、何もすることなく、ただその時を過ごしてしまった。


でも、心の中ではひとつだけ確信していた。

あの子が、俺の世界に現れた意味はまだ知らないけれど、

少なくとも今、こうして同じ空気を吸っている。それだけで十分だ。


家に帰る途中、俺は気づいた。

背後から、足音が聞こえる。

どこかで聞き覚えのある、柔らかな足音。

ふと振り返ると、そこにはあの黒髪ボブの子が歩いていた。


そして、予想もしなかった言葉が、突然飛び込んできた。


「ねぇ、一緒に帰らない?」



その瞬間、心臓が一瞬で跳ね上がった。

彼女の声が何だか耳元で響いているみたいに反復する。

嬉しいという気持ちを押し殺しながら、

俺はそれでも冷静を装って言った。


「いいけど、どうして俺なんかと?」



だって、どう考えても不思議だ。

彼女みたいな子が、俺に話しかけてくる理由が思い当たらない。

きっと、俺なんかと帰ってもつまらないだろうに。


だけど、彼女は不意に微笑んで言った。



「あなたと仲良くなりたいから」



彼女の言葉に頭の中が真っ白になる。

なんだそれ。

どうしてそんな言葉が俺に向けられるんだ。

普通、そんなこと言うのは、

もっと誰か特別な人に向けられる言葉じゃないのか?

でも、実際に俺に言ったのは、彼女だ。

黒髪ボブのその子だ。



同じ気持ちだと思うのに、

どうしてこうも言葉が出てこないのか。

心の中でだけ、何度も繰り返す。

俺も仲良くなりたい。

でも、口に出すのは恥ずかしかった。

だから、無理に言葉を作るように。



「えっと、そうだ、名前…。俺、山崎直哉。よろしく」



彼女もまた、少し照れたように名前を教えてくれた。



「私は魔野愛華、私のことは愛華って呼んで。あたしは直哉くんって呼ぶね」



その言葉に、俺の心臓がもう一度、強く鳴った気がする。

何とも言えない感覚。

俺たちがようやく繋がった瞬間に、

周りの空気が澄み渡ったように感じられた。

通り過ぎていく男子生徒たちの嫉妬の熱を帯びた視線が、突き刺さるように感じる。

けれど、何故かその視線すらも心地よく感じてしまう自分がいた。



彼女と一緒に歩くその一歩一歩が、

今、俺にとっては特別な意味を持っているように感じた。


二人で歩道橋の階段を降りている最中、

突然、愛華がバランスを崩す。

俺はその瞬間、反射的に手を伸ばした。



「おい、大丈夫か?」



そう言って彼女に手を差し伸べた。

不思議なことに手が触れる前に、すでに俺は彼女の腕を掴んでいた。

意識が一瞬で集中する。

柔らかい感触が、俺の手に伝わってきて、

心臓が跳ねるような気がした。



「ありがとう…」



愛華の声が、少し震えて聞こえる。

彼女の真っ直ぐな視線が、俺の目を捉えて離さない。

空気が、まるで二人だけのものになったような気がした。

周りの音が遠くなって、心臓の鼓動だけが妙に大きく響く。

俺たちの距離が一瞬、縮まったように感じた。



なんでだろう、まだ彼女のことをよく知らないのに、

ただの友達のような感覚じゃない。

心の奥底に湧き上がる感情、

それを上手く言葉にすることができない。



俺と目が合った愛華が少しだけ顔を赤くして、目をそらす。

そんな彼女を見て、また心臓がドクンと鳴る。



「怪我しなくてよかった」



俺はなんとか冷静に言おうとしたが、

自分が少し動揺していることを隠しきれなかった。



愛華は少し照れくさそうに言った。



「うん、大丈夫。ありがとう。」



その言葉が、また俺の胸を締め付けた。



俺たちの間に、言葉にできない何かが流れている気がした。




歩道橋を渡り終えた先で突然、耳をつんざくような「きゃー!」

という悲鳴が響き渡った。

その瞬間、直感で何かがおかしいと感じた。

振り返ると、そこにはナイフを持った黒いスーツ姿の男が、

俺たちに向かって猛然と走ってきている。

男の足音が迫る。

血の気が引いて、俺の体が自然に反応した。



「愛華!!!!」



声を上げる暇もなく、俺は無意識に愛華を守るように抱き締めた。

彼女の小さな体を腕で包み込んだ瞬間、

冷たい恐怖が身体を駆け巡る。

俺の背後には、確実に殺気が漂っている。

ナイフの切っ先が俺を、いや、愛華を狙っている。

その瞬間、脳内で何かがプツンと切れる音がした。



「大丈夫だ、絶対に守る」



自分でも何を言っているのか分からない。

でも、もう言葉にするしかなかった。

愛華が無事でいられるなら、何だってする覚悟だった。

ナイフを振りかざしながら、男が一歩ずつ迫ってくる。

その目は、まるで何もかもを切り裂くような冷徹なものだった。



そして、男が一気に突進してきた瞬間

――


突如、道を外れた軽トラックが、ものすごい勢いで男の方へ突撃してきた。

車のクラクションが、すさまじい轟音を立てて響く。

その轟音と共にそのまま男はビルと車体にはさまれるようにして、

見えなくなってしまった。



「なっ…」



驚きのあまり、思わず声が漏れた。

あまりにも突然すぎる出来事に、俺は一瞬、現実感を失った。

男は車に押しつぶされ、その姿を確認するのは最早困難に思えた。

男が持っていたナイフは、吹き飛ばされたのか遠くに転がっている。



まるで時間が止まったかのような静けさが、しばらく続いた。

あたりには、ただ不安定な風の音と、愛華の息遣いが響いているだけだ。



「……助かった」



その言葉が、俺の口から自然と漏れた。

だけど、まだ信じられなかった。

何がどうなったのか、全てがあまりにも急すぎて、頭の中で整理がつかない。



愛華の顔を見た。

彼女は目を潤ませながらただ俺を見つめていた。


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