人鳥温泉街の占い師

高橋志歩

人鳥温泉街の占い師

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 ワープロに打ち込んだ文章を見て、『バルバルネウム』の店主は唇を尖がらせた。

 うーん、どうもこれは収まりが良くない。そもそも、見た夢をきちんとカウントできるものだろうか?

 そりゃ何度も同じ夢を見て、今朝も見たけどさ……。


 うーん、と椅子の上で背伸びをした彼は、そろそろ開店時間なのに気づき、よっこらしょっと立ち上がった。


 古本屋&和風カフェ『バルバルネウム』は、人鳥温泉街じんちょうおんせんがいの中央部からは少し離れた旧街道沿いにある。遊歩道の近くで人通りは少ないが緑が多いし、小さな温泉宿が何軒か並んだ通りなので一人旅の旅行者などには人気がある区域だ。

 ちなみに旧街道というのはずっと昔に誰かが勝手に呼び始めただけで、歴史的な根拠は一切無い。しかし人鳥温泉街の住民は別に気にしていない。人鳥温泉は古くからある温泉郷なんだから、まあ別にいいだろうと思っている。


 今日も良い天気で、少し暑く感じるぐらいの快晴だ。

 店主は古本屋の店を開け、エプロンをつけると和風カフェのキッチンで珈琲を淹れる準備を始めた。『バルバルネウム』は広い古民家を移築し改造した店舗である。

 古本屋と和風カフェは店内の背の低い仕切りで区切られていて、どちらにも出入りは自由だ。でも古本屋の本を清算前に和風カフェに持ち込むのは厳禁である。古色蒼然とした店だけど、警備と監視システムは最新なので何かあれば店主は即対応できる。早い話が、不埒な乱暴客がいたりすれば叩き出せる訳だ。


 背が高くがっちりとした体格の店主は、本と古本と珈琲が好きで、色々あってこの人鳥温泉街の一角に落ち着いた。古本屋の売り上げはささやかでも、和風カフェの収入で食べていける。特に忙しくもなく、好きな時に地元民割引価格で温泉も楽しめる気楽な暮らしが気に入っていた。


 珈琲カップの棚を整理していると、ボテボテボテと少しうるさいエンジン音が聞こえ、和風カフェの前で止まった。和菓子屋「満載堂」の配達用小型移動車だ。今日の分の和菓子を配達に来たのだろう。

 店主が店先に出てみると、職人の渡辺さんが和菓子の入ったケースを移動車から降ろしているところだった。

「おはようございますー、今日の分ですー、受領書よろしくー」

 挨拶をしてケースを受け取り、小型タッチパネルに指を押し付けてから、ふと見ると小型移動車の中からペンギンの大福がこっちを見ている。

「どうしたんですか、大福も配達ですか」

 渡辺さんは、人鳥温泉街のマスコットペンギンに大福と名付けた人だ。本人は軽い気持ちだったようだけど、すっかり定着してしまった。

「いやあ、ほら今日あっちのペンションでイベントがあるでしょう。大福も参加するんで、団子配達のついでに連れて来てくれと頼まれましてね」

「ああ、そういえばチラシが届いてましたね」

 旧街道の一番奥に、ペンション『カタカタ』がある。部屋数は少ないが庭が広いので、ちょっとした音楽会やハンドメイド展示即売会など色々なイベントを開催して結構人気がある。

「今日は何やら占い師が集まって占いイベントをやるそうで。オーナーの依頼で、大福もペンギンカード占いの手伝いをしたりするんですと」

「へえ占いにも色々あるんですね。大福、頑張れよ」

 店主の声に大福は羽をびしっと広げて応えると、渡辺さんと一緒に小型移動車で去って行った。

 この人鳥温泉街で一番の働き者はペンギンかもしれないな、と店主は思いながら見送った。


 古本屋の奥に座って、ノートPCのワープロに文章の続きを打ち込む。

 古本屋の店主仲間と発行している同人誌のためにエッセイを書いていて、自分が見た妙な夢の話を書こうとしているけど、やっぱりどうも上手くいかない。溜息をついて、気分転換に自分用の珈琲を淹れようかと思った時、どこか遠くから少し耳障りな音が聞こえてきた。


 ――ふひょーん、ふひょーん、ふひょーん


 エリア警告音だ! 慌てて道路に走り出て見上げると、旧街道の上空を巨大な銀色の円盤がゆっくりと飛行しているところだった。

 地球連合政府の警備船が飛来したという事は、この近辺で怪しい異星人が見つかったのだろう。船底の無数の赤いライトが細かく点滅しているのを眺めながら、こんなのどかな温泉街で大掛かりな捕り物は勘弁して欲しいなと思っていると、警備船は少し離れた場所で停止し音が消えた。

 やがてかすかに悲鳴や叫び声が聞こえたと思ったら、警備船は今度は黄色いライトを点滅させながらそのまま真っ直ぐ上昇し、すぐに見えなくなった。

 何にせよスムーズに終わったらしい。やれやれと店主は安堵したけれど、悲鳴が聞こえてきたのはペンション『カタカタ』のようで少し気になった。しかししばらくは、あちら方面には近づかない方がいいだろう。


 心配しつつ店の奥で座って気配を伺っていたが、何事もない。ついでにお客も来ない。今日は開店休業だなと覚悟を決めた時、道路から何やら明るい声が近づいてきた。

「あー、あったあった。ここが和風カフェだね。『バルバルネウム』か。何語かな。ペンギン君も和菓子を食べるのかい? そうか君は何でも食べるんだね。へえ隣は古本屋さんか。あとで覗いてみようかなあ」

 店主が立ち上がるのと同時に、ペンギンの大福と小柄な男性が店に入ってきた。男性はふさふさした栗色の髪を適当に分け、最近では珍しい黒ぶち眼鏡をかけている。けれど、派手な柄のネクタイと派手な紫色のスーツは妙に似合っている。

 いらっしゃい、と言おうとした店主は男性の隣に立つペンギンの大福を見て吹き出してしまった。紫色の半透明のスカーフを頭に巻いているのだ。布に散りばめられた金色の星の飾りがキラキラと光っている。笑いが止まらない店主に向かって大福は觜を振って抗議し、隣の男性も苦笑した。

「そんなに笑わないでやってください。ペンギン君は、私の占いの手伝いのためにこういうスタイルになってくれたんですよ」

「すみません。ああすると、ペンションのイベントで占いを……」

「そうなんですよ。昨夜から泊まり込んで、今朝は早起きをしてセッティングも済んで、ペンギン君と待機していたら、いきなり警備船がやって来てあの騒ぎで結局中止ですよ。やれやれ」

 席に案内しながら、店主は気になっていた事を尋ねた。

「災難でしたね。やっぱり誰か逮捕されたんですか?」

「小鳥占いの何とかさんが警備船に吸い上げられていきましたよ。しばらくペンションに足止めを喰らいましたけど、温泉街なら歩き回っていいそうなので、案内図を片手にペンギン君と散歩に出てきた次第で。ああ、珈琲をお願いします。ブラックで。和菓子も食べようかな。こちらのペンギン君にも彼の好物を。料金は私が払いますので」


 珈琲と温泉まんじゅうのセットを男性に出し、スカーフを巻いたまま不機嫌そうなペンギンの大福にはいちご大福を出してやる。

「淹れたての珈琲の香りはほっとするなあ。あ、私はこういう者です」

 珈琲カップ片手に男性が器用に名刺を差し出してきたので、とりあえず受け取る。

「カード占い師のミルティスさん……ロマンチックな名前ですね」

「ペンネームみたいなものですよ。私は男性ですけどね、占いをする時は優しくて美しい名前の方がしっくりくるんです」

「はあ、そういうもんですか」

「カード占いが一番人気があるのでそう名乗ってますが、実際は何でも占います。ホロスコープは機材が必要なので些か面倒ですけどね。そうだ、よろしかったら手相を見ましょうか? お代は無料です」

「いや、それは」

 占い師のミルティスは爽やかな笑顔で店主を見た。ペンギンの大福は黙々といちご大福を食べている。

「気にしないでください。私のようなフリーの占い師はこまめな営業が必要なんです。こちらのお店で何かイベントをやる時には、是非お声がけを」

 まあ確かに、古本屋では読書会や朗読会などの小規模なイベントを開催したりする。その時にこういう喋りの上手い占い師がいれば、盛り上がるかもしれない。占いというのは、いつでも人気がある。

 その時、店主はふと思いついた。


「あの、夢占いというのは……」

 ミルティスは少し意外そうな顔をした。

「珍しいですね。もちろん出来ますよ。ただ占いというよりは、見た夢の解釈になりますが」

「それでいいです。同じ夢を何度も繰り返し見るので、気になっていて……自分の精神状態に何かあるのかなと」

「ほお。伺いましょう」

 占い師は真面目な表情で姿勢を正し、スカーフを巻いたペンギンの大福も神妙な表情で店主を見た。何だか大福も占い師みたいだな、と店主はちらっと考えてから、占い師の横の椅子に座ると、考え考え話し出した。


「少し前から、何度か見ている夢で実は今朝も見たんですが。夜道を歩いていると、小さな雑貨店の前に出るんです。周囲は暗いけどその店だけが、ぼんやり明るくて。ショーウィンドウには何か細々した物がたくさん飾られていて。で、店内に入るとたくさんの水晶が並んでいるんですよ。水晶玉じゃなくて原石が。そのうちのどれかを手に取って、買おうかどうしようか迷って……そこでいつも目が覚めるんです。これだけなんですが、妙にリアルで何度もというか10回ぐらい見ているので、どうにも気になって」


 店主は、ほっと息をついた。口に出して他人に話してみると、割とどうでもいい内容ではあるけど、だいぶ気が楽になった。

 占い師のミルティスはしばらく考えてから、にっこりと笑った。

「その雑貨店は、いつも同じ店ですか?」

「ええ、そうです。知らない店なんですけど」

「……ここは温泉もあってのんびりした良い場所ですよね。でも、もしかしたら店主さんは自分自身がのんびりしている事に、迷いがあるんじゃないでしょうか?」

 店主は、え? と思い、ペンギンの大福がキュイキュイと妙な声を上げた。

「ははは、ペンギン君も心配しているみたいですね。もちろん無理は良くないですけど、でも新しい事を始めたり、動きたいなら動いていいと思いますよ」

「新しい事……」

「人はそれぞれですよ。自分のやりたい事を、自分のやり方でやるのが一番じゃないですか」

 占い師の言葉は、ふんわり曖昧な分とても穏やかだ。ああ、なるほどなあと店主は腑に落ちた。

「確かに、やってみたい事があって。でも今ののんびりとした暮らしも手放したくなくて。なんだか自分がひどく感謝の少ない自分勝手みたいで」

「そりゃ、安定した暮らしも大事ですから。お気持ちは良くわかりますよ」

 店主は、背筋を伸ばした。

「ありがとうございます、気が楽になりました。今度、あの夢を見たら水晶を外に放り投げてやろうかな」

「ははは、それもいいかもしれませんね。まあ気楽なのが一番ですよ」

 ペンギンの大福も賛成するように、羽をパタパタさせた。


 その時、店先から声がした。

「ああ、こちらでしたか。占い師さん、申し訳ないがこれから事情聴取をお願いしたい。なんだ大福も一緒だったのか」

 きちんとスーツを着た地球征服連盟のエーテル所長が、少しばかり仏頂面で立っていた。

 占い師のミルティスは身軽に立ち上がった。

「はいはい、すぐに行きますよ。ペンギン君もおいで。もしかしたら君の目玉から目撃情報が取れるかもしれないからね」

「よろしくお願いします。大福、妙な物を頭に巻いているな」

 ペンギンの大福は、妙に自慢げに羽を広げた。

「わかったわかった、好きにしろ。後でマカロンを奢ってやる」


 店主は占い師から料金を受け取り、一緒に店先に出てからエーテル所長に挨拶をした。

「さっきの逮捕劇、所長の組織も何か関係があったんですか?」

「いや、無い。だが異星人が犯罪を起こすと、星系管理委員会が非常にうるさい。だから前もって我々の方でも経緯を把握するために、捜査を手伝ったりしている訳だ」

「大変ですねえ」


 旧街道を去って行く二人と一羽の背中を見送ってから、店主は古本屋の奥に戻りノートPCのワープロにエッセイの続きを打ち始めた。今度は上手く書けそうだ。

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