願わくば、君の世界を、大切に

新井 穂世

願わくば、君の世界を、大切に

 ――あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 でも、あの夢ってなんだ……?


  ●


 ――目が覚める。

 目を開けば、緑色の天井が広がっている。部屋を照らす黄色いランプが、起きたばかりの僕の目を刺激する。窓を見れば紫色の空に橙色の雲が流れている。そうか、まだ夕方なのか。最近眠りが浅い気がするな。


 僕はベッドから半身を起こす。すると声を掛けられた。


「おはよう、マリニー」


 僕が起きるのを待っていたのかのように、紅いワンピースの少女が挨拶してくる。蒼いロングヘアが窓から差し込む光に照らされて、紅と蒼のコントラストが綺麗に感じる。


「おはよう、シライ」


 僕も挨拶を返し、そのままベッドから立ち上がる。シライの紅いワンピースとは対照的に、僕は黒いワイシャツとズボンだ。


「今日も早いね。散歩でもする?」


 シライはニッと笑って僕を散歩へ誘ってくる。確かに、仕事まで時間はある。身体を動かすのも良いだろう。


「そうだね。行こうか」


 僕が誘いに乗ると、シライは「やった」と言って僕の掴む。そのまま僕は彼女に引かれて部屋を出た。


  ●


 外に出ると、冷たい風が僕たちに吹き付ける。白い大地が僕たちの目の前に広がっている。下を見れば、無数の眼が瞬きしながら僕たちを覗いている。今日も、世界に異常はない。


「どこに行く?」

「じゃあ、2976丁目にしよう」

「いいよ。久しぶりに行くね」


 シライにどこへ行こうかと尋ねられ、僕は何となく思った場所を口にする。シライも了承してくれて、僕たちは並んで歩き出した。

 地面の浮かぶ無数の眼の上を歩きながら、僕たちはただ歩く。紫色の空に、沈んでいく銀色の太陽が見える。この景色はいつ見ても綺麗だと思ってしまう。


「ねえ、マリニー。最近寝る時間が減ってるよね。どうしたの?」


 シライが僕の眠りについて聞いてくる。少し前まで僕は35時間は眠っていた。でも最近は20時間くらいで目が覚めてしまう。


「分からない。夢を見てるから……かな?」

「夢? あの人間が見るっていう夢のこと?」


 僕の予測にシライは驚いている。それもそうだろう。僕たちが夢なんて見るはずないのだから。でも、覚えていなくても僕には何故か夢を見たという感覚が残り続けている。


「そんな訳ないじゃん。マリニーってば疲れてるんじゃない?」


 シライは信じてくれないようだ。僕も信じて欲しいなんて思っていない。それからこの話題は自然と無くなり、別の話題で盛り上がりながら目的地に近づいていた。



 ●


 2976丁目は静かだった。崩れた建物と、洗練された見た目のビルが一緒に並んでいる。僕たちは通りを歩きながら周りを見回していた。


「ここも変わったね。前はもっと汚かったのに」

「ああ、また増えてるからね。きっと汚染が進んでるんだよ」


 僕たちは以前よりも増えたビルを見て感想を言い合いながら、先へ進む。中央広場に着くと、そこにはとても大きな炎が燃え上がっている。ここを司る存在だ。僕たちがその炎の前まで行くと、シライはどこからかコインを取り出した。


「もうこれが最後かもしれないね」


 シライはそう言ってコインを炎の中へ投げ込む。炎はそれを咀嚼するかのように揺れ動き、コインは燃え尽きた。でも、以前より元気がないのは明らかだ。


「ここも近い内に来れなくなるかな?」

「うん、今日ここに来て良かったね」


 僕の呟きにシライが答えてくれる。この場所は気に入っていたけど、仕方ない。不変の存在なんて、在りはしないのだから。

 僕がそう思いながらシライの方を見ると、彼女も僕を見つめていた。


「……帰る?」

「……帰ろうか」


 シライの提案を受け入れると、彼女は僕の手を握る。そして元来た道を引き返し始めた。


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで10回目だった。


 でも、あの夢ってなんだ……?


  ●


 ――目が覚める。

 目を開けば、緑色の天井が広がっている。部屋を照らす黄色いランプが、起きたばかりの僕の目を刺激する。窓を見れば紫色の空に橙色の雲が流れている。そうか、まだ夕方なのか。最近眠りが浅い気がするな。


 僕はベッドから半身を起こす。すると声を掛けられた。


「おはよう、マリニー」


 僕が起きるのを待っていたのかのように、紅いワンピースの少女が挨拶してくる。蒼いポニーテールが窓から差し込む光に照らされて、紅と蒼のコントラストが綺麗に感じる。


「おはよう、シライ」


 僕も挨拶を返し、そのままベッドから立ち上がる。シライの紅いワンピースとは対照的に、僕は味気ないパーカーとゆったりとしたズボンだ。いつものやり取りなのに、何故か違和感を覚える。どうしてだろう。


「今日も早いね。散歩でもする?」


 シライはニッと笑って僕を散歩へ誘ってくる。確かに、仕事まで時間はある。身体を動かすのも良いだろう。


「そうだね。行こうか」


 僕が誘いに乗ると、シライは「やった」と言って僕の掴む。そのまま僕は彼女に引かれて部屋を出た。


  ●


 九八五六四四丁目は静かだった。古い街並みが歴史を感じさせてくれてとても落ち着いている。まるで僕たちを歓迎しいるような、そんな空気を感じる。しかし、所々に廃墟も見える。僕たちは通りを歩きながら周りを見回していた。


「ここも変わったね。前はもっと綺麗だったのに」

「ああ、また増えてるからね。きっと浄化が進んでるんだよ」


 僕たちは以前よりも増えた廃墟を見て感想を言い合いながら、先へ進む。中央広場に着くと、そこにはとても小さな炎が燃え上がっている。ここを司る存在だが、今にも消え入りそうだ。僕たちがその炎の前まで行くと、シライはどこからか人形を取り出した。


「……これが最後だね」


 シライはそう言って人形を炎の中へ投げ込む。炎はそれを抱きかかえるかのように揺れ動き、人形は燃え尽きた。直後に、炎は消えてしまった。。


「ここも終わりなのかな?」

「そうね、最後に来れて良かったね」


 僕の呟きにシライが答えてくれる。この場所は気に入っていたけど、仕方ない。不変の存在なんて、在りはしないのだから。

 僕がそう思いながらシライの方を見ると、彼女も僕を見つめていた。


「……帰る?」

「……」


 僕は何故か言葉が出なかった。どうしてなのか、帰ろうと言う言葉に拒否反応が出ている。こんな事は今までなかった。もし、帰らないと言ったら、どうなるのだろう。僕は少し考えて、疑問を試してみることにした。


「いや、まだ進もう」


 そう言った時、シライの顔が少しだけ暗くなった気がする。でも、一瞬で彼女は元の雰囲気に戻った。


「うん、じゃあ行こうか」


 シライが僕の手を握って、僕たちは前へと進みだした。



  ●


 ――あの夢を見たのは、これで11回目だった。


 でも、あの夢ってなんだ……?


  ●


 ――目が覚める。

 目を開けば、緑色の天井が広がっている。部屋を照らす黄色いランプが、起きたばかりの僕の目を刺激する。窓を見れば紫色の空に橙色の雲が流れている。そうか、まだ夕方なのか。最近眠りが浅い気がするな。


 僕はベッドから半身を起こす。すると声を掛けられた。


「おはよう、マリニー」


 僕が起きるのを待っていたのかのように、かっちりとしたスーツを着る女性が挨拶してくる。茶色のロングヘアが窓から差し込む光に照らされて、黒と茶のコントラストが綺麗に感じる。


「おはよう、シライ」


 僕も挨拶を返し、そのままベッドから立ち上がる。シライのスーツとは対照的に、僕は白いシャツにジーンズだ。


「今日も早いね。散歩でもする?」


 シライはニッと笑って僕を散歩へ誘ってくる。確かに、仕事まで時間はある。身体を動かすのも良いだろう……そう思ったが、何故かそれをしたくないという欲求が湧いてきた。


「いや、もう少し寝よう」


 僕が誘いを断ると、シライは「分かった」と言って部屋を出て行く。そのまま僕はベッドに戻って二度寝を始めた。



  ●


 ――あの夢を見たのは、これで12回目だった。


 でも、あの夢ってなんだ……?


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで13回目だった。


 でも、あの夢って……?


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで15回目だった。


 本当に、夢なのか?


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで18回目だった。


 いや、これは夢じゃない。


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで23回目だった。


 これは、現実だ。


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで29回目だった。


 ずっとずっと、僕は現実を見ていた。


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで31回目だった。


 僕は、ここで何をしているのだろう……?


  ●


 ――目が覚める。

 目を開けば、グレーの天井が広がっている。部屋を照らす紅いランプが、起きたばかりの僕の目を刺激する。窓を見れば黒色の空に黄緑色の雲が流れている。もう時間なんて分からなかった。

 僕はベッドから半身を起こす。すると声を掛けられる。


「おはよう、マリニー」


 僕が起きるのを待っていたのかのように、黄色いワンピースのシライが挨拶してくる。緑のセミロングが窓から差し込む光に照らされて、黄と緑のコントラストが綺麗に感じる。


「おはよう、シライ」


 僕も挨拶を返し、そのままベッドから立ち上がる。シライの黄色いワンピースとは対照的に、僕は青いワイシャツとズボンだ。


「今日も早いね。散歩でもする?」


 シライはニッと笑って僕を散歩へ誘ってくる。確かに、身体を動かすのも良いだろう……今まではそう思っていた。いや、思わされていた。


「もうやめよう、シライ」


 僕がそう言うと、シライはとても悲しそうに笑った。


「やっぱり……ダメなの?」


 そう言う彼女の顔は戸惑っている。でも、僕は言わないといけない。


「君がどんなに頑張っても、あの人はもうこの世界を見てくれない。だから、もうこんな事はやめよう」


 僕は事実を突きつける。僕たちの世界はもう壊れている。この世界を作った人は、僕たちに様々な役割を与え、そして変えていった。僕たちはこの世界であの人のやりたかった事を代行する役者だ。でも、あの人が飽きてしまったから、何も成し遂げられなかった。それでも、シライは諦めなかった。彼女は放置されたシナリオを書き換えてまで、あの人に世界を見てもらおうとした。でも、もう十分だと思う。彼女は十分頑張った。それは僕が一番分かってる。


「そっか……じゃあ、もう頑張らなくてもいいの……?」


 シライは顔を伏せたまま小さな声で聞いてくるが、なんとなく僕には安堵の声にも聞こえてしまう。


「ああ、もう良いんだ。世界を保つなんて事、もうしなくていいんだよ」


 そう言った途端、彼女は抑えていたものを溢れさせるように泣き始めた。きっと苦しかったんだろう。でも、もう抑えなくても良い。


「もう良いんだ。一緒に眠ろう」

「うん……一緒に寝よう」


 僕はそう言ってシライと一緒にベッドに入る。そして並んで横になり、目を閉じた。


「私は……何を得る筈だったのかな?」

「分からない。僕だって、どんな事をして欲しかったのか分からない」


 結局、僕たちは何だったんだろう。

 作られたけど、何もさせてくれなかった。でも、あの人が憎いとかは思わなかった。その時に必要とされても、ずっと必要であるとは限らない。

 僕たちは手を握り合う。きっとこれが最後に感じる温もりだろう。最後に、僕たちが役目を果たしてる夢を見れたら良いな。



 ――そして僕たちは眠りについた。


  ●


 ――あの夢を見たのは、これで――回目だった。


 でも、あの夢ってなんだ……?


  ●


 ――目が覚める。

 目を開けば、白い天井が広がっている。穏やかな朝陽が僕を包んでいて、とても気分が良い。


「おはよう、


 僕が起きるのを待っていたのかのように、白いワンピースの少女が挨拶してくる。金髪のロングヘアが窓から差し込む光に照らされて、とても幻想的な姿に見える。


「おはよう、


 僕も挨拶を返し、そのままベッドから立ち上がる。彼女は僕を見てニッと笑っている。その笑顔に僕は既視感を感じるけど、どうしてかは分からない。

 でも、僕たちの世界はとても輝いている。

 この世界が、できるだけ続きますように――僕の心にはそんな想いがあった。

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