第4話 本当に大好きでした
「あ、なんか情けないかも⋯⋯ほんとさ、笑顔? うん、笑顔で終わろうと思ったの」
配信の彼女の言葉は濡れていた。きっと溢れるものがあって、それは色んなもので。
千秋にとってそれは、本当に終わりのときが来たのだと思った。
これからあずさは別の世界のあずさに変わっていくのだと。
最後の配信は和やかな空気で始まり、終わろうとしていた。
あずさの馴染のあるゲストを呼び、話したり、リスナーのコメントに反応しながらゲームしたり。
あくまで彼女が望む、いつもどおりの配信だった。
驚くほど穏やかに、千秋はその配信を見ていた。
⋯⋯聞いていて、気付いたが、彼女の声が驚くほど耳にしみる。
彼女の存在を無意識に焼き付けようとする自分がいた。
ああ、明日の朝には、彼女の挨拶も見ることもないんだろう⋯⋯。
不思議と現実感がなかった。なぜ現実感がないのかは、あえて触れないようにした。
そんな中で、彼女に異変が起きたのは、本当に最後の最後
彼女の挨拶のときだった。笑顔のカワイイ彼女の声が、不意に震えたのだ。
「あれ、おかしいな、ほんとに、笑顔で終わりたかった⋯⋯でもさ、ファンレター送ってもらったじゃん。みんなから、愛を感じちゃってさ、それがすごいうれしくて、えへ、もう揺らいじゃうくらいで」
完全に涙を流してるときの声だった。笑顔なのに、彼女は泣いている。
なんだろうか、そんな梓に対して、千秋は、少し胸が楽になった。
救われたかのような気分だった。
ファンレターを通じて、ファンたちの心の辛さやもやもや、痛みが、彼女に届いているということだけで。彼女はあまりに揺らいでなかったから、不安になるファンも多かったんじゃないんだろうか。
本当に彼女は、ファンを愛していたのかと。
でも誰もが確信しただろう。彼女の気持ちを。
彼女は自分に気合をいれるような、震えた芯のある声で言った。
「だからこそ、私はこのまま進みます。みんなの痛いくらいの愛を感じたから。私の、私の新たなステージを進みます」
彼女の力強い言葉に、千秋は心底思った。
彼女は本当に、一番の星だったんだと。
小さく拍手するくらいに、誇らしかった。
応援してよかったと思った。
この応援してた時間は無駄じゃなかったんだ。
そうして、幕が下りるように配信が終わる。
ふわふわと満足した気持ちなのに、どうしても外の空気が吸いたくて
千秋は近くの小さな公園まで歩いていった。
三月十四日は、まだ夜中は冬だった。しんと、した冷えがある。
夜空を見ると、月も星もある、通常営業の夜空だ。
静かな夜にふさわしい、静かな空だった。
でもこの夜空には、もう、桜見あずさはいない。
「声が、ききたいよ、また⋯⋯」
さっきの配信がすべての終わりだった。彼女の声はもう、更新されない。
彼女の、好きなものも聞けない⋯⋯それは納得していたが、納得は本当にしていたが。
ぐちゃぐちゃになる、感情が、とめどなく、ぐちゃぐちゃに。
千秋は夜空に向かって吠えた。それは悲しい狼の遠吠えだった。
愛しきものを求めずにいられない、叫びだった。
推しのVtuberが引退するんだって。俺はどうしたらいい? 月見里つづり @hujiiroame
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