2、東雲遥香は目覚める
僕の意識が9つの並行宇宙の自分とリンクしている。
遥香の導き出した答えに、僕は耳を疑わざるを得なかった。いや、もともと彼女の推理は常軌を逸したアクロバティックなものばかりだった。だが、今回はそれらをはるかに凌いでいる。
「SFみたいなこと言い出したな」
「君が驚くのも無理はない」
「色んな意味で驚いているよ。いつもと推理の質が違いすぎて」
遥香がニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
「私はダークサイドに目覚めたのだよ」
「それって自己申告制なんだ。斬新だな」
「だが、ダークサイドに目覚めたことによって、私は変貌を遂げたと思わないか?」
じっと遥香を見つめる。
長い髪を今はアップにしてまとめている。出で立ちはいつもと変わらないし、天然を発揮するのも同じだ。
「いつもと大して変わらないよ。喋り方も最初からダークサイドだったし」
「なっ、なんでよ……! 遥香──、あっ、私はこれまでよりも真に迫っているだろう?」
遥香の熱い視線に僕はうなずいておくことにした。こういう時には食い下がっても遥香が悲しそうな顔をするだけなのだ。
案の定、遥香は満足そうにニコニコしている。そんな嬉々としたダークサイドがあってたまるか、とは思うが。
「でも、なんでまたそんな変貌を遂げたの、ダークサイド遥香は?」
「私のことはこれから“多次元を跳躍せし闇の翼を持つ者”と呼ぶがいい」
「え、ダサ……」
「だ、ダサくないもん! 一昨日から考えてたんだよ!」
多次元を跳躍せし闇の翼を持つ者は顔を真っ赤にして腕をブンブン振り回す。完全に名前負けしている。
「ゴ、ゴホン! とにかくだな、私はダークサイドに目覚めたのだよ。あの妖精事件を契機にしてな」
「妖精事件……」
僕の部屋に妖精が現れ、それが本棚の本や遥香が置いておいた指輪を移動させた事件──あの事件の真相を僕は知っている。
「あれから、私の“ガブリエルの加護を賜りし第三の眼”が力を持ち始めたのだ」
「なんでガブリエルなの?」
「……べ、別にいいでしょ、そこは! かっこいいと思ってそうしてるわけじゃ──…な、ないのだよ」
遥香の中二病は東西を交えたバランス型だ。
ダークサイドを暗黒面と表現せず、かといって、神などではなくガブリエルというワードをチョイスする辺り、つまみ食い的に良さそうなものを拾ってきている印象だ──……そんなくだらない分析をしてしまう。
「先日も、私の枕元に妖精の発する光を感じたり、部屋の中のものがひとりでに移動していた。つまり、妖精や未知なる世界の者たちはこの世界に干渉を始めているのだよ」
「そ、そうなのか……」
「君も見ただろう? 妖精の実在はすでに証明済みなのだ」
妖精の姿を収めた映像を、僕は遥香と一緒に観た。それを彼女の前で否定するわけにもいかず、僕は彼女の言葉に耳を傾けるしなかった。
「そう考えると、先日、裏手の公園で出会ったあの少年はこの世の者ではなかったという結論に至る。かつて起こったという遊具の事故で犠牲になった彼の霊魂が形をもって私たちの前に現れたのだ」
遥香の語りが熱を帯びていく。それはどこか妄信的で、ダークサイドに目覚めた、という彼女の言葉を眼前に突きつけられた気がした。
「雨の日、河童のおもちゃを公園の車止めのポールの上に置いたのも、果たして人間だったのだろうか?」
「いや、それは僕が目撃してるから。お前だって女の子二人が河童のおもちゃを持って帰っていくのを見ただろう?」
遥香が首を振る。
「その時のことを思い出して見たまえ。私たちはこの部屋から眼下を見下ろしていた。彼女たちは傘を差していたが、その足元を見て“女の子”と認識したに過ぎない。その顔を私たちは見ていないのだよ」
あの時の僕は、二人組の女の子二人組が満足そうに笑っていたのを……
「でもな、そんな非現実的なこと……」
僕が見つめる中、遥香が僕の肩越しに視線を固定して目を見開いた。ぞくっとした感覚がして、思わず振り返った。その先には、くだんの本棚がある。
「な、なんだよ、何もないじゃないか」
「今、妖精が現れたんだ……!」
身体を震わせる遥香の強張った表情が僕の網膜に焼きついて離れなかった。
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