夢の果て

ヤマメさくら

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。驚くほどではない。僕は他の夢も、繰り返し見ている。何十回、何百回と見ている夢もある。

 どの夢も、僕は楽しんでいる。どの夢の中でも、僕はたくさんの人と話す。もちろん、どの夢も、内容はいつも同じだ。

 目覚めたときには、きまって現実をむなしく感じる。

 夢を見たくて、僕は眠る。


 十回目のあの夢。僕はいつもと違うことを言ってみようという気になった。夢の中で、僕の意思は通るのだろうか? 不安はあったけれど、試したかった。一人、美しい女性がいて、ほほ笑みながら話を聞いてくれるのだが、もう少し気の利いたことが言えればいいのに、と僕はいつも自身に歯がゆい思いを抱いていたのだ。

 僕は実行した。

 彼女の顔から、ほほ笑みがかき消えた。

 失敗したな、と僕は思った。全然気が利いていなかったようだ。それなら、軌道修正。いつも通りのセリフを言おうとした。が、

「どうしてそんなことを言うの?」

 低い声で、彼女がいつもと違うセリフを言った。

 僕は何と言おうか迷った。これ以上、彼女の機嫌を損ねたくない。

「あなたは、この世界にいるとき、己の立場を常にわきまえている。外の世界でどんな刺激を受けようと、こちらの世界には持ち込まない。だから、目覚めることを許されているのに」

 彼女は僕をにらみ、

「どうしてそんなことを言うの?」

 と、もう一度言った。

 ごめんなさい、と僕は言いたかったが、声が出なかった。見えない手で、首をしめられているかのように。

「もう、あなたはここにいて」

 彼女は、うっすらと笑って言った。「外の世界に、戻らなくていいからね」


 たったひとつの夢の世界に僕は生きている。いや、違う、ここが僕の現実。

 何度も何度も繰り返される、同じ言葉、同じ行動。

 惰性ってものは楽だな、と僕はいつしか気づき、彼女のほほ笑みにいつも癒される。

 けれど、たまに考える。

 僕が見ていた他の夢はどうなったんだろう。その中にいた人たちは、僕が現れなくなってどう思っているんだろう。ああ、もしかしたら、夢自体がすでに消え失せてしまったのかな?

 以前の僕の現実のことも、たまに気になる。

 僕の体は、もう死んだのかな。

 死んだのなら、僕はもう、心だけの存在ってことになる。

 心だけ……。

 

 まあいいか。

 このつまらない現実ゆめの中で、疲れ果てて、心もそのうち死ぬだろうし。


             終わり

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夢の果て ヤマメさくら @magutan

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