【短編】弟子が揃った日

直三二郭

弟子が揃った日

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 正確には、全く同じ夢を見たわけではない。あの夢というのは私が砂漠で死んでしまった、そんな夢だ。

 九日前、旅路が砂漠に近づくにつれてあの夢を見るようになった。最初はただの夢かと思ったが、毎晩違う姿形の私が命を落とす。

 そんな夢が続くのだ。これは仏様が何かを知らせようとしている、私はそう思っていた。

 しかしそれは違った、砂漠の中で妖怪と出会った事で、思い出したのだ。

 あの夢は、私の前世たちなのだ。私は生まれる度に旅に出で、ここで死んでしまっていたのだと、はっきりと思い出していた。

 あの妖怪が首から下げている9個のしゃれこうべ、全てが私だったのだ。

 私が自分の記憶に驚いていると、弟子2人は何かを言う前に妖怪に襲いかかってしまった。

 あの妖怪は今まで私を殺していて、だからまた私を殺そうとしている、そして食べようといている。

 少なくとも食べようとしていると、弟子達は思っているのだろう。

 だから私は言ったのだ「殺す事無く捕らえなさい」と。

 旅路で弟子にした暴れん坊な2人は、やめろと言っても聞かないだろう。私は2人の師匠なのだ、これぐらいは予想できる。

 だからこう言えばその通りにするはずだ。

 何ろ2人の弟子達も妖怪であるのだから、2対1でも多勢に無勢と言うのだろうか、とにかくたやすくできるはずだ。

 私が見守って少しすると弟子2人は、傷を負わず与えず、私だったしゃれこうべを首から下げている妖怪を連れて来てくれた。



「それは誤解です、私にそのようなつもりは一切ありません」

 縄に縛られた妖怪の、第一声がそれだった。

 この言葉に私が何かを言う前に、すぐに弟子達と3人は言い合いになり「嘘をつくな、おっしょさんを食おうとして襲おうとしたに決まってる」「急に襲ってきたのはお前達じゃないか」「妖怪相手なら襲われる前に襲うのが当然だ」「師匠を食おうとした奴なんか、こっちが食っちまおうぜ」「それがいいそれがいい」「お前たちそれでも仏弟子か。こんな奴らは破門にして、私を弟子にしてください」と、戦った後だからなのか、仲が良くなっている気がする。

 弟子にするのはいいのだが、その前に聞きたい事があるので、返事はそれを聞いてからにしよう。

「首から下げている9つのしゃれこうべは、お前が殺して食べた9人の骨なのですか? お前は人を食べるのに、何故仏弟子になりたいと言うのですか?」

 人を食べる妖怪が私の弟子になりたい、そう言うからには何か理由があるのだろう。

「それは誤解です、私は人を殺していません。これは皆、旅路の中で志半ばに倒れた僧達です」

「ならば殺してはいないが、倒れた者を食べたのか?」

「それも誤解です、私は人を食べていません。体は少し離れた水場に埋めました。どうか志半ばに倒れた僧達の心を晴らす為にも、経を唱えてあげてください」

 言った事が本当なら、この妖怪は知らないかもしれないが、埋められている骨は私の前世の骨と、前世の前世の骨と、……実質私の骨なのだが。

 頼まれたとはいえ、自分で自分に経を唱えるとは。幾多の試練が待っているとは思っていたが、これは予想もできなかった。

「ならばなぜお前はしゃれこうべは埋めず、首から下げているのですか? それは食べた証拠ではないのですか?」

 と言うか夢では死ぬ寸前だったので、あの後どうなったかはさっぱり分からない。だから聞いてみたのだが、この妖怪は埋めてくれた恩人かもしれない。

 ……偉そうに聞いてしまっていないだろうか?

「全部誤解です。私はこの砂漠に暮らしていて、死ぬ寸前の僧と九回出会いました。その僧は皆助ける術はなく、私はただ最後の言葉を聞く事しかできませんでした。そしてその僧達は皆、悔しそうに『天竺に……』と言って息を引き取ったのです。最初はどうも思いませんでしたが回数が増えるにつれて、天竺に何があるのか、何故天竺に行きたがるのか、皆がなぜ悔しそうに言うのだ。そう考える事が多くなり、最後にはこの人間達を天竺に連れて行ってやりたい。そう思うようになり、天竺を見せ、本意と遂げさせよう、そうとも思うようになったのです。そのために、しゃれこうべを下げているのです」

 そう言う事だったとは。しかしそれならばとまた疑問を尋ねる。

「ならば何故1人で天竺に向かわなかったのだ」

「はい、それは私が妖怪だからです。1人で天竺についた所で中には入れないでしょうし、入れたとしてもしゃれこうべ達の本意は遂げられません。だから私はここで、天竺へ向かう僧を待っていたのです」

 言っている内容は本当のようだ。もちろん僧としては疑う事はしないが、それ以上に弟子2人は信じ切っている。

「そうなのか、お前も苦労したんだなぁ」

「でもさ、街に入る時はしゃれこうべは隠した方がよくないかぃ?」

「いえ、どのような旅路をして天竺までたどり着いたのか。それを倒れてしまった僧達に、教えてあげたいのです」

「じゃあ何も言えないじゃないのよぉ」

「おっしょさん、この妖怪ね、いい妖怪に決まってるよ。俺がそう言ってるんだから、これはもう弟子にするしかないと思わないの? それでもおっしょさんは仏弟子で俺の先輩なの?」

 別に弟子にしないとは言っていないのだけど。

 そう思っていると気づいた、弟子にするともまだ言っていなかった。

 しかしこんな言い方をするとは、悟空はまだ師匠に対する口が悪い。だから少し、意地悪をする事にした。

「そうだな。この妖怪だけでなく九人の僧も連れて行くのだから、助けてくれる弟子が増えてくれると助かるだろう。……それにお前と違って、緊箍児の必要も無さそうだしな」

「そりゃないよ、おっしょさん……」

 そう言いながら悟空が肩を下げると、戸惑っている妖怪に八戒が笑いながら声をかける。

「良かったなぁ、お師匠様が弟子にしてくれるってよ。俺は猪悟能だけど、悟空とかぶってるだろ。だから俺は猪八戒な。で、あれが孫悟空。あんたは?」

 そう言われて、妖怪は困った顔をしていた。考えればあの妖怪はこの砂漠でずっと1人だったのだ、名前が無くても困らなかったのだろう。

「沙悟浄、忘れたのですか? それがお前の名前ではないのですか」

「は、はい!」

 だから私は妖怪の名前を、沙悟浄と教えてあげた。自然と口から出た名前は、考えたのは私ではない。9人の私を連れて行こうと考えた事に対する、仏様からの褒美かもしれない。

 いや、きっと沙悟浄が報酬など何も考えてなかったからこそ、それは与えられたのだろう。

「それでは先ずは、水辺で休んでから経を唱えましょうか。悟浄、案内して下さい」

「おっしょさん、お経が先じゃないのか?」

「みんな疲れているんです。9人は僧なのですから、少しぐらい後にしても許してくれるはずです。それに砂漠で倒れた人達なんですよ、僧では無くとも同じ事にならないようにと、考えるはずです」

 と言うか、私だし。何なら経を唱えなくてもいいような気もする。

「分かりました、こっちです」

 案内してくれる悟浄は、素直な性格のようですね。

「俺の猪悟能はダメで沙悟浄はいいんだ、何で? ……ま、いっか」

 八戒は大らかと言うか、何と言うか。仏様に文句を言わなくなった分、昔より成長しているのでしょう。

「なんっか今日のおっしょさん、おかしくないか?」

 先を歩いていた2人に追いつい、て悟空はそんな事を言う。まあ、おかしかったのかもしれませんが。

「……お師匠様、申し訳ないのですが、その……。お師匠様の名前を、教えてもらってよろしいでしょうか?」

 そう言われて気がつきました。私はまだ悟浄に、弟子に名前を伝えていません。

「申し訳ない、悟浄。私がうっかりでした」

「おっしょさんは意外とうかつが多いからな、気をつけろよ」

 悟空がそう言いますが、私は何も言い返す事ができませんでした。

 なのでごまかすように咳ばらいを1つすると、悟浄に向かって口を開きました。

「私の名前は玄奘といいます。言いやすいように呼んでください」

「では、2人と同じくお師匠様、と」

 嬉しそうな顔をする悟浄に私は、頷いて肯定した。

 これがまだ玄奘三蔵と呼ばれるずっと前の、弟子達が揃った時の話だ

 今となっては弟子達と揃うと、必ずしてしまう笑い話だ。

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