逃亡聖女の贖罪

宝月 蓮

本編

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 それはかつて私と共に魔王討伐に向かい、散って行った仲間達の夢。


 私、リリアンは光の魔力を授かり聖女として扱われた。

 当時この大陸全体は魔王の脅威に脅かされていた。

 当然光の魔力を持つ私は魔王討伐隊に問答無用で入れられてしまう。


 私は平民だがそれなりに裕福な生まれで、荒事とは無縁の生活を送っていた。

 だからいきなり戦えと言われても、当然何も出来ない。常に剣士や弓使いや魔法使いに守ってもらうばかり。だけど、守られるばかりでは申し訳ないので光の魔力を使って外傷の治療をした。

 私の魔力量は多いらしいので、光の魔力を使った治療は苦にならなかった。討伐隊のメンバーも、私が戦闘に全く慣れていないことを察してくれたお陰で、「リリアンは私達の治療をしてくれるだけで良いから」と言ってくれた。


 魔王討伐の旅はかなり長く、討伐隊のメンバーとはそこそこ仲良くなったと思う。メンバーとの些細なやり取りは楽しかった記憶がある。だけど本当はやっぱり討伐隊に入らず平穏に暮らしたかった。光の魔力を授かった時、魔王討伐に行きたくないと訴えてみたが、偉い人から「力を授けられた者は魔王と戦わなければならない」と言われて私の訴えは退けられてしまった。幸い、魔王討伐隊のメンバーが優しかったのが救いだったけれど。


 しかし、魔王との戦いが迫って来ると、私達魔王討伐隊は苦戦を強いられることが増え始めた。魔物との戦いで命を落とすメンバーも段々と増えていた。

 私は何となく察してしまう。このメンバーでは魔王に勝てないと。

 私はただ平穏な生活がしたかった。ここで死ぬのは嫌だ。だから私は皆が寝静まった夜、魔王討伐隊から逃げ出した。




◇◇◇◇




「リリアン、大丈夫?」

 私の隣でゆっくりと起き上がったのは、夫のローレンス。

 商会を営んでいる男性だ。

「ごめんなさい、ローレンス。起こしてしまったわね」

 私はローレンスをなるべく心配かけないよう明るめの声を出した。

「もしかして、またあの夢? 君が魔王討伐隊にいた時の仲間達の……」

 しかしローレンスには気付かれていたようだ。

「……ええ」

 私は力なく頷いた。


 魔王討伐隊から逃げ出して、私は隣国に向かった。祖国に留まったら、また魔王討伐隊に戻されかねない。

 隣国で倒れていた私を助けてくれたのが、ローレンスだった。

 その後私はローレンスと仲を深めて結婚した。

 平穏で幸せな生活だった。

 

 私が逃げた後も、魔王討伐隊は魔王を倒すべく敵の本拠地へ向かったらしい。

 しかし、魔王を倒す前に魔物にやられ、討伐隊は全滅したとこの国にも知らせが入ったのだ。

 その日以降、私は時々魔王討伐で散って行った仲間の夢を見るようになり、眠れない日が続いた。

 今もこうしてあの頃の夢を見てしまう。

 その理由は罪悪感。

 恐らく私がいてもいなくても、魔王討伐隊は全滅していた。でも、もし私が逃げなかったら討伐隊はもう少し持ち堪えたのではないかと思ってしまう。

 魔王を他国の勇者パーティなる組織が倒した後も、私の胸のつかえは取れなかった。


「ねえ、リリアン。君が逃げたことは悪いことじゃない。誰だって戦闘慣れしてなかったら魔王討伐から逃げたくなるよ。でも、もし何か思うところがあったら、誰かの為に役に立つことをしてみたら? せめてもの贖罪としてさ。そしたら少しは心が晴れるかもよ」

 ローレンスは優しくそう提案してくれた。

「ローレンス……そうね、ありがとう」

 ローレンスの言葉に、私は少しだけ心が軽くなった。

 ローレンスは優しく私を抱きしめてくれた。彼の体温に包まれて、私の心は穏やかになる。

 少しだけ、自分の道が見えたように感じた。




◇◇◇◇




 その後、私は光の魔力を少しだけ込めた薬用クリームを開発し、ローレンスの商会で販売することにした。

 光の魔力は外傷を癒す力がある。その力を利用して、傷の治りが早くなる薬用クリームを開発した。傷が一瞬で治るクリームも考えたけれど、私の力が公になってしまうから光の魔力を抑えて治りが速くなる効果だけにした。

 これなら平穏な生活を送りつつ、ローレンスの助けにもなる。

 そして怪我をして困った人達への助けにもなる。

 逃げてしまった分、この国の怪我をしてしまった人達の為になる商品を考える。これが魔王討伐で散った仲間への、私なりの贖罪。


 私は今日も商品に光の魔力を少しだけ込める。

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