あの夢を見たのは、これで9回目だった。ケースからライフルを取り出した男がひとりごちてセットした弾丸の名は「殲滅計画」といふ

柴田 恭太朗

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

――9回。その数字に何か意味があるのか。野球ならラストイニング、試合終了は目前だ。しかし、夢の中で続く死闘はどうだ。あの恐怖に終わりがくるのだろうか……

 男はいま覚めたばかりの夢を反芻した。



 わざわいはいつも海からやって来る。津波がそう、戦争もそう。

 いま男の目の前で猛り狂っている怪物だってそうだ。昔、映画で観た巨大怪獣さながらに都市をビルを破壊し、逃げまどう人々の頭上に岩石のごとき脚を踏みおろした。地響きとともにアスファルトの路面が波打ち、逃げる男の足がもつれる。


 と、耳を聾する大音響が街路にこだました。怪物の咆哮である。

 金属の軋むがごとき大音声。その音波は男の全身をビリビリと揺さぶり、暴力的に体内へと浸透する。その生理的不快感に包まれ、彼はたまらずビルの路地に飛び込んだ。


 路地へ入ったところで、男は両手に握りしめていた重い棒状の物体に気づく。

――そうだ。今回は頼りになるコイツがあった。


 ずっしりと重く冷たい狙撃銃。怪物を仕留めるための、いや仕留められる可能性が微かにある武器だ。あくまでも可能性と控えめに表現しているのは、これまでの夢で怪物と戦ってきた得物えものとくらべて威力はさほどなさそうに思えたからだ。


 夢の中で『これは夢である』というメタ認知があるのも面映ゆいが、それがこの夢の特徴であった。毎回、怪物が現れること。そして、いつも男が巨大な生物と闘うことまでがセットになった夢だった。


 9回目の夢の中で男は回想した。



 前回、つまり8回目の夢の武器は二人乗りの小型ジェット機だった。

『カヤネズミ』と名付けられたジェット機の形状を例えてみるなら、羽のついたボブスレーだ。航空機と呼ぶにはあまりにも小さく頼りない。過去の特攻機『桜花』を振り返ってみても、得てして決戦兵器とはこんなものかもしれない。


 男は夢の中で、狭いジェット機の前部パイロット席に身体をねじ込んだ。

「小さい機体で小回りが利くからカヤネズミである」

 先に後部座席に着席していた石原計画博士が説明を加える。この博士、名前も変わっているが、奇想という面でも群を抜いていた。こういう男こそ、怪物が街を襲うなどという稀代の難局には必要なのだろう。


 男は石原博士をいまだ好きになれなかったが、有能なバディとして認めていた。それは、これまでの夢の中で醸成された信頼感である。


 男と石原博士のバディとしての結束は固まったが、決戦兵器カヤネズミ計画は失敗に終わった。正確にいえば特攻は成功したのだ、しかし機体が突っ込んだところは怪物の急所ではなかったからだ。



 失敗したからこその9回目の夢である。

 男の苦い回想を石原博士の声がインタラプトした。

「この弾丸を使いなさい」

 いつからそこにいたのだろうか。男のかたわらに博士がいた。見ごとな白髪の彼は肩から下げた革製の弾薬ケースから狙撃銃の弾丸を取り出した。弾丸は狙撃銃専用のクリップにセットしてあった。


「対怪物用に開発した特殊弾だ、開発コードは『殲滅』と言って……」

 問わず語りに解説をはじめた博士の顔の前に、男は片手をあげて制した。怪物の足音はすぐそこに迫っているからだ。


 男と博士が潜む路地からは怪物の姿を直接見ることはできない。耳を頼りに足音の接近を図る。


 地響きに続いて、路地から見える前方の国道で砂塵が舞い上がる。音と砂塵の間隔が近づき、ほぼ同一になった。


 路地から見上げる空に怪物の荒れた岩壁のごとき肌が見えた。

 狙撃銃に頬付けした男は静かに引鉄ひきがねを落とす。


 轟音とともに銃口から紅い閃光がひらめき、同時に男の肩は銃床にはじかれる。馬に蹴られたような衝撃だ。


 狙撃銃から放たれた弾丸『殲滅』は一直線に空を飛翔し、怪物の皮膚にめり込んだ。


 その先は……男も知らない。

 そこで目が覚めてしまったからだ。


 男は消化しきれないモヤモヤにしばし煩悶し、やがて吹っ切れたのか大きく伸びをした。


 男はいつ見るかわからない夢で、また怪物と延長戦にのぞむことになるのだろう。

 そして思う、これは怪物との闘いの夢なのか、あるいは石原博士とのバディが成長する夢なのだろうかと。


おしまい(あるいは続く?)

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あの夢を見たのは、これで9回目だった。ケースからライフルを取り出した男がひとりごちてセットした弾丸の名は「殲滅計画」といふ 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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