青梅ヶ原クウの非日常〜夢枕編〜

矢庭竜

祠の話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 朝の身支度。洗面台の鏡には、ターコイズブルーの短髪を揺らすVery 魅力的 Ladyが映っている。私はタオルで顔を拭きながら、今朝の夢を思い出していた。


***


 私は青梅ヶ原おうめがはらクウ。夢日記を三日で断筆した過去を持つ、一介の二十八歳社会人だ(夢ってそんなしょっちゅう覚えてられないよね)。

 そして、繰り返し見るその夢の中の私も同様、二十八歳社会人だった。夢ってよく自分の年齢や立場が現実とは別の設定になることがあるけど、そうじゃなくてってことね。職業も現実と同じ――つまり、よろず相談窓口〈クーハク〉を後輩と二人三脚で運営して、依頼人の悩みを解決する毎日というわけだ。現実との違いといえば、夢には後輩が登場しないことくらいか(給湯室で珈琲でも淹れているんだろう、きっと)。

 夢はいつも、事務所を訪ねてきたお客の依頼を応接室のソファで聞いている場面から始まる。ドアから見て奥にあるソファに私が座り、ローテーブルを挟んだ向かい側に依頼人が座っている。

「家を建ててほしいのじゃ」

 依頼人は、十歳くらいの子供だ。笹模様の着物を着て、顔には犬のお面をかぶっていた。

「迷惑千万な奴らが、わしの家を壊しよってな。代わりを建ててほしいのじゃ。ここはどんな相談にも乗ってくれると聞いたのじゃが?」

「もっちろん。どんな家がいいの?」

 私はソファに足を組んで、安請け合いした。なんたって夢の中だ。現実では、家を建てるなんて大掛かりな仕事、詳細を聞いてからじゃなきゃとても受けられないけど。

 依頼人は黙りこんで、じっと私をにらみつけた。お面越しだけど、不服そうな視線が刺さってくる。

「前もそう言いよったが、結局建ててくれんかったじゃろ?」

 おや……? こんなセリフは初めて聞く。

 これまで八回の夢では、依頼を受けたらすぐに目が覚めていたんだけど……。

 依頼人は足をバタバタさせて怒りを表した(何しろお面をかぶっているので、表情では伝わらない)。

「九回じゃぞ、九回! 夢枕に立つのも霊力使うんじゃからな! だから一月ひとつきに一度しか来られんし……そうじゃ、初めて依頼してからもう九月ここのつきじゃ! 人間の世界ではその納期、普通なのかの?」

「待って待って、これはただの夢でしょ? 夢の中で受けた依頼を、どこで叶えるのさ」

「なんじゃとっ! ……ただの夢じゃと思っておったのか?」

 依頼人は驚いて、ソファの上でぴょんと跳ねた。

「それで建ててくれんかったのか。いつまで待っても動く様子がないと思ったわい……。年を越した辺りで気づくべきじゃったのう」

 この依頼人、家がないまま年越したのか。それはちょっと気の毒なことしたな。

「ならば、これがただの夢じゃないとわかれば建ててくれるんじゃな?」

「う~ん、わかればってどうやって? このあと目が覚めても結局、これ全部夢だったって思うかも。現実世界に持って帰れる契約書とかがあればねえ」

「任せるがよい! 先人に聞いた方法を試してみよう」

 依頼人は、すっと人差し指を上に向けた。指先でバチバチと火花が散った。

「昔、聖堂を建てよと夢でお告げをしたが聞いてもらえんかったから、そやつのおでこに稲妻で穴を開けたという話があってのう」

「それは……痛そうだなぁ」

「確か、ふらんすの話じゃったか。目覚めておでこの穴を確認したそやつは、夢のお告げがあったと認めて聖堂を建てたそうじゃぞ。おぬしもそうせよ」

 指先に火花を乗せたまま依頼人が駆け寄ってきたので、私は慌てておでこをガードした。

「おでこに穴は嫌だよ! 目立つじゃん」

「なんじゃと。ではどこに穴を開ければよいかの?」

 穴開けることは確定なのか!

 私はおでこをガードしたまま頭をひねった。夢だと思って無視し続けてきたせいでこんなことに。どうしよう。穴開けられても大丈夫な場所……大丈夫な場所……!

「あ。あのさ、耳のここんとこに1.4ミリくらいの穴とか開けられる?」

「耳じゃの。任せておけ」

 依頼人は私の右耳の軟骨部分を引っ張ると、

「えい」

 と、力を込めた。バチッと耳元で音がして、途端、目の前に火花が散る。

 うあ。

 夢の中で穴開けたところで、痛いもんは痛いのか……。


***


 と、いうのが今朝見た夢である。

 身支度を整えて、私はよろず相談窓口〈クーハク〉に出勤した。勤勉な後輩はすでにデスクに就いている。

「おはよ~、真白ましろ。今日も早いね」

「おはようございます、先輩。先輩の方が職場とアパート近いはずなんですけどね」

「あのさあのさ、ちょっと大工仕事をしたいから、十時過ぎたら近所のホムセン行ってきていい?」

「就業時間外にしてください」

「依頼なのにぃ」

 ひとつ増えた耳介みみの穴にお気に入りのピアスをきらめかせ、私はぼやきながら天井を仰いだ。

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