第2話 全てを奪われた私

 元伯爵令嬢であるお母様と大して仲良くなかったお父様は、娘である私のことは政治の道具としか見ていなかった。


 そのため、物心ついた3歳の頃から公爵令嬢としての厳しい淑女教育を受けることになった。


 食器の音を立てれば家庭教師から鞭を打たれ、少しでも姿勢を崩せば罵声に近い叱責を浴びせられた。


 今思えば、この頃から私は殿下の婚約者としての教育を受けていたのかもしれない。


 何せ、淑女教育を受け始めた3年後には彼の婚約者になっていたのだから。


 そんなことなどつゆ知らず、私はいつ終わるか分からない厳しい淑女教育に泣きたくて、怖くて、逃げ出したい気持ちに苛まれていた。


 けれど、お父様はそんな私を慰めるなんてしなかった。使用人達も見て見ぬふりをしていた。



「お母様~!」

「あらあら、アマリナ。今日も鞭を打たれて……」



 ただ一人、お母様だけが淑女教育に堪えている私を慰めてくれた。


 体の弱いお母様はベッドから出ることは無かったけど、淑女教育が終わって泣きべそをかいている私が部屋に入ってくると、笑顔で迎えて愛情深く慰めてくれた。


 お母様がいてくれたから、お母様が慰めてくれたから、私はいつ終わるか分からない地獄の淑女教育に堪えられたのだと思う。


 けれど、私が8歳の時、お母様が亡くなった。


 最後まで娘である私の味方でいてくれた大好きなお母様が亡くなり、私はただただ大声で泣くしかなかった。


 そんな私を嘲笑うかのように、お父様は元高級娼婦である義母が再婚した。


 儚げな容姿のお母様とは違い、妖艶な容姿の義母は、元々男爵令嬢だったが10歳の時に没落し、売り飛ばされるように娼婦になったとのこと。


 そんな義母の生い立ちに同情したお父様が、彼女と親しくなるのには時間がかからなかった。


 何せ、お父様は義母との間に私と同い年の義妹をもうけていたのだから。


 屋敷に義母と義妹を迎えてから、私の生活は一変した。


 義母と義妹を溺愛していたお父様は、義母と義妹のお願いを何でも叶えた。


 そう、何でもだ。


 ドレスが欲しいと言えば買い与え、お茶会に行きたいと言えば連れて行く。


 2人の誕生日パーティーなんてそれはもう盛大に行われた。


 私のお願いは一切聞かず、誕生日パーティーなんてやってくれなかったのに。


 そんな不遇な私のことを心底気に食わない義母は、何かにつけて私を貶めて家庭教師と一緒に鞭を打って罵ってとことん虐めた。

 そして、私の持っているものを何でも欲しがる義妹は、事あるごとに私の持っているものを全て奪って、義母や使用人達や家庭教師と共に私を虐めた。


 数少ないドレスもアクセサリーも、住み慣れた部屋も婚約者も何もかも義妹が奪ったのだ。


 義妹が殿下と出会ったのは、屋敷にしばらく経った頃だった。


 庭のガゼボでいつものように殿下と話していると、何も知らない義妹が突然乱入してきた。


 愛らしい義妹は、私が絶世の美青年とお茶をしていることが心底気に食わなかったらしい。



「お義姉さま! ズルイです! こんな見目麗しい人とお茶をするなんて!」



 王太子殿下を『こんな』呼ばわりする義妹に、私と傍に控えていた使用人達は全員、肝が冷えたが、当の本人は目を潤ませている義妹に一目惚れしたらしく、快活に笑うと使用人達に自分の隣に椅子を置くように指示した。



「殿下、今、私と婚約者としてのお茶会で……」

「良いじゃないか。君の新しい家族にもきちんと挨拶したかったし」



 そう言いながらも、殿下は愛らしく振舞っている義妹に蕩けるような笑みを浮かべる。


 私に一度も向けなどにないその笑顔を、出会ったばかりの義妹に向けたのだ。


 啞然した表情の私を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた義妹はその後、殿下にあることないこと吹き込んで私と殿下の仲をズタズタに引き裂いた。


 思えば、私が婚約者と最後に会ったのはこのお茶会だった。


 この頃から、社交界に義母が流した事実無根の噂が瞬く間に広まった。

 そして私は、義母の策略で殿下の婚約者でありながら社交界に出ることもなく、代わりに義妹と殿下が仲睦まじい姿が目撃されるようになる。


 けれど、私が王太子殿下の婚約者であることは変わりなく、殿下と義妹が仲良くしてる間、私は厳しい王太子妃教育を受けている。


 まぁ、勉強嫌いな義妹が殿下にお願いして私に押し付けたのかもしれないけど。


 そうして、全てを奪われた私は、王太子殿下の婚約者にも関わらず、使用人同然の生活を強いられ、義妹にとって都合の良い道具に成り下がった。


 あの悪夢を正夢だと信じられるようになったのは、間違いなくこの地獄のような生活があったからかもしれない。

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