夢見て夢見て

低田出なお

夢見て夢見て

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。小さな犬が大きな犬に触れると消え、その大きな犬がさらに大きな犬に触れては消えていく。

 寸分の狂いもなく、今まで見たものと全く同じものだった。

「あのさあ」

 眠気眼を瞬かせていると、枕元から苛立った声が聞こえてきた。ぼんやりした頭を振ると、小さな瞳でこちらを睨むバクが居た。

「…すいません」

「謝ってほしいわけじゃないけどね、11回目も同じな事ないでしょ。何考えてるの」

「……すみません」

 9回目ですよ、とは口にせず居住いを正す私に、バクは長いため息を吐いた。彼が怒りだす前兆だった。

 案の定、「これが金が発生している仕事である」「君は何も考えていない」「僕が給料払えなかったよすみませんと言ったら君は許すのか?」等の指導が複数回なされる。その勢いは次第にヒートアップしていって、最終的に私の今後の人生に話にまで飛躍していった。

 私は小さく「はい」と合いの手を入れるだけだった。

「大体ね、君がこうして……、ん、ちょっと」

 もう少しかかるかと思い始めたころ、バクは小さく身震いをした。そして窓際まで歩いていくと、ぼそぼそと話し始めた。どうやら通信が入ったらしい。

 彼を待つ間、枕元に転がる直方体のデバイスを見る。夢を正確に計測するその機械には複数のスイッチとつまみが付いていて、それらと同じ数だけついている小さなランプが均一に光を発していた。

 あの中に、私が今日見た夢が入っている。バクは私への指摘に満足したら、あの機械を持って帰り、中身を研究するのだろう。

 具体的にどんなことをするのか。無学な私には分からない。少なくとも自分の体から出てきた私の一部が、他者によっていじくりまわされることは確かである。

 それは、例え単調で、繰り返し見ている夢だとしても、なんだか不気味な話だった。

「じゃあまた今夜採るから、用意しといて」

「え、あ、はい」

 話しかけられ、反射的に返事をする。通信は終わったらしい。バクはさっきまで私が見つめていた機械を鼻で器用に掴んで鞄に入れると、こちらを一瞥した。ため息をわざとらしく吐いていく。そして、それ以上は何も言わずに、のそそと部屋から出ていった。

 ばたんっと扉が閉まり、続けてカシャンと鍵が降りる音が鳴る。

 その音を聞いて、私は布団へと体を倒した。

 実験が始まってから、もう一週間以上が経った。しんどくない、といえば嘘になる。

 夢を見る。かつては誰もが出来たというその行為を、人類がついに取り戻す。そんな歴史的な瞬間に立ち会っている。それは分かっている。

 だが、実際に私が体験している夢を見るという行為と、それに付随する生活は、歴史の一翼を担っているとは思えないほど淡白なものだった。

 決まった時間に起き、決まった運動とテストに取り組み、決まった食事して、決まった時間に寝る。

 初めて夢を見た時は嬉しかった。これが夢なのかと、これが我々の祖先が見ていたものなのかと感動した。本当である。

 しかし、全く同じ夢を見続けるうちに、次第にそれは薄れていった。夢の内容を研究の為にと回収されているから、ということも影響している気がした。

 私の心情が色褪せるのと比例するように、研究員のバクも態度は粗野になっていった。初めの3日目くらいまでは、まだ敬語で話していたのに。

 ひたすらに繰り返される生活に、私だけではなく、彼も疲弊している気がした。

 気持ちは分からなくもない。金に釣られて応募してきた、見知らぬ人間の世話をしなくてはならないというのは、中々に苦痛だろう。ましてや参加者の数は、募集人数が500人だった事を考えると中々だ。そりゃあ、言葉も荒くなるくらい、仕方がない。

 そうやって己を納得させながら、もぞもぞと起き上がる。壁にかかった時計を見ると、起床範囲時刻終了まであと30分ほどあった。

 不安定な荷物が風に煽られるように、ふらりふらりと立ち上がる。そのまま、キッチンへと向かった。

 引き出しから飲料用水のボトルを一つ取り出し、キャップを捻って口をつける。乾いていた喉に水分が染み込むような感覚で、小さな痛みを感じる。

 昔の人も、夢を見た後はこうして喉を潤していたのだろうか。そう思うと、薄れた感動が爪先くらいには蘇る気がした。

 かつての人類は、皆揃って夢を見ていたという。そしてそれは、至上の行為だった。らしい。

 なぜ夢を見ることが、そこまで尊ばれていたのか。今も議論が続いていると、初日のオリエンテーションでも言っていた。

 この話題はかなり過激というか、意見が別れているらしかった。その根拠として有名だという「夢をカナえる」という言葉の解釈の話が始まった途端に、研究員たちが目を吊り上げ、参加者そっちのけで議論と口論の間のようなやりとりを始めた程だ。

 彼らにとっては、それが極めて重要なことなのだろう。それは、彼らの気迫から十分に伝わった。

 とはいえ、私にはそれほど重要なことのようには思えなかった。私以外の多くの参加者も同じだと思う。

 少なくとも、何度か夢を見た身の上では、それほど大したものなのか、とさえ感じていた。

 この夢を見るという行為と、至上とされる夢を見るという行為が本当に同じことなのかさえ、疑わしく思ってしまう。

「まさかね」

 こんな事を考えていると知られたら、あのバクの説教は止まらなくなるだろう。そう思いながら、再びボトルを口元に運ぶ。

 今度は喉に染みることはなかった。

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夢見て夢見て 低田出なお @KiyositaRoretu

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