鷽替え神事 【KAC20254】 

姑兎 -koto-

第1話 鷽替え神事

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

毎年、同じ日に同じ夢を見る。


地元の天満宮では、毎年1月7日に『うそ替え神事』が行われる。

「替えましょ」の掛け声で木彫りのうそを交換し合い、嘘を天神様の誠心に、不運を嘘に替えるのだそうだ。

その神事に参加したことは無いけれど。


結婚して9年目の今年も1月7日に同じ夢をみた。

夜空から近づいてくる光。

それは、さながらトリの降臨。

「替えましょ。替えましょ」と鳴きながら、光に包まれた鷽が私の頭上を回る。


確かに……。

私は、結婚する時、嘘をついた。


戸籍上は人の子ではあるけれど。

正確には、器としての体は人であるけれど。

実態は、鷽の化身。


ずっと身近にいたあの人の優しい嘘に寄り添ううちに、人の子に恋をした。



義母は、あの人を認識していない。

あの人を亡くなった父親だと思っている。

最愛の人を不運な事故で亡くしてからずっと、時が巻き戻り義父との幸せだった日々の中の人になったままの義母。

優しいあの人は、父の振りをして母に寄り添う。


彼の嘘は、誠心。

私の嘘も、誠心。


きっと、彼は、義母が義父の元に旅立つまでその嘘をつきとおすだろう。



義父母は、毎年『鷽替え神事』に参加していたそうだ。

そして、今年も病を押してあの人と天満宮に行き「替えましょ。替えましょ」と鷽を交換していた。

だとすれば、私と彼の出逢いも義母のお陰なのかもしれない。


心優しいあの人との日々は、私を幸せにしてくれた。

だから、という訳でもないけれど、優しい嘘の中で義母も幸せであればよいと思う。



そう。

ずっと。

来年も再来年も同じ夢を見るものだと思っていたのに。



義母は、今年の神事の翌日、義父の元へと旅立っていった。



最期の時、鷽替え神事で貰って来た木彫りの鷽を抱きしめ、何度も「ありがとう」と声にならない声で呟いていた義母。

もしかしたら、義母は、あの人の嘘をお見通しだったのかもしれない。

もしかしたら、義母の目に映る私の姿は鷽だったのかもしれない。



火葬場から微かに立ち上る煙。

その先に微かに光るものが見える。

あの光は、きっと、夢で見た光。


ああそうか。

あの夢はきっと、義父が見せてくれていた夢。


あの夢も今年で最後になるのかもしれない。


ー完ー



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