あの夢を見たのは、これで9回目だった。
Yoshi
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
アカリは銀色の髪を揺らしながら、額に手を当ててそう言った。中学3年生の教室の窓から後光が指す。アニメのシーンの物真似でもしているのだろうか。キザなポーズである。
「タクミ、なんで私を見つめるの?」
「いや……ただ、筋金入りの厨二病だなぁと思っただけ」
「嘘をつかなくていいんだよ。私に見惚れてたんでしょ?」
「………」
「お、図星か?」
アカリは美少女だ。
神が作ったとしか思えない体型、ロシアンハーフの顔、そしてとびきりの笑顔。高校での呼び名は、「白銀姫」だ。
トップアイドルとして活動していたとしても何ら不思議ではない容姿をしている。
「腹が立つな……」
「本当に図星だったんだ」
彼女はニヤニヤしながらこちらを見てくる。白銀の髪がふわっと浮く。こんな時もその美少女っぷりを発揮している。ますます嫌になる。
「まあまあ落ち着きなさいな。あの夢を見たのは、今日で9回目だった。」
彼女は先程のポーズをもう一度とった。仕切り直すのか。こうなった彼女は止まらない。適当に椅子を運んできて、僕はそこに座った。アカリはこちらを見ると、口元を少し綻ばせて話し始めた。
「まず、大きな大きな満開の桜を見た。私はなぜかシナシナしていた」
「何だよ、シナシナって。蛇か?」
彼女は俺の発言なんて全く意に介せず続ける。
「その樹の下で、寝転がっている人間がいたのだ。私はその姿を見て、苛立ちを覚えた。こんな大事な日に、なんて呑気なことだと」
「花見か何か?」
「違う」
何だか不服そうな顔だ。
「私はその人間に尋ねた。なんで君は眠ってるの?」
「ほうほう」
「彼は言った。この公園には、こんな大きな桜がたくさんあるんだから、すごいよなぁ」
「意味わかんねぇな」
今度は笑った。
「1回目は私もそう思った。でも、9回目にもなると、意味が変わって聞こえた」
声色が真面目になった。
そして、その澄んだ両の目でこちらを見る。
「入学式の1日前、タクミ、公園にいたよね」
「……え?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「小学校の入学式の前の日、夕方だったかな。タクミ、公園にいたでしょ? 大きな桜の木の下で、寝転がってた」
アカリの瞳が、まっすぐこちらを射抜いてくる。
確かに少しだけ覚えがある。入学式前日、俺は公園に寄って、桜を眺めながらぼーっとしていた。別に深い理由があったわけじゃない。ただ、咲き誇る桜が綺麗だったし、春の空気を感じたかっただけだ、と思う。
「……見てたのか?」
「うん、ベンチに座って、君をずっと見てた。私ね、あの日すごく落ち込んでたの」
「落ち込んでた?」
意外だった。いつも明るくて、どこか自信満々な彼女が、落ち込むことなんてあるのか?
「入学してもうまくやれる自信がなくて……。外人ぽいって、幼稚園でいじめられてたこともあったし」
アカリがそんな不安を抱えていたなんて、初めて聞いた。
「でもね、公園で寝転がってるタクミを見たら、なんだか救われたんだ」
「俺が?」
「そう。タクミはただ桜を見上げて、『こんな大きな桜がたくさんあるんだから、すごいよなぁ』って。その言葉が、すごく優しく聞こえたの」
アカリの表情が少し緩む。
「その時、すごい救われた。悩むだけ無駄だなって思ったの。だから、私はあの夢を見る。小学生の時から、今日まで、毎年ね」
アカリは静かに微笑んだ。まるで秘密を打ち明けたあとのような、少し照れくさそうな表情だった。耳がほんのり赤く染まっている。そして、俺をその澄んだ瞳で見つめる。
「アカリ、なんで俺を見つめるんだ?」
「いや……ただ、筋金入りの鈍感野郎だなぁと思っただけ」
「嘘をつかなくていいんだよ。俺に見惚れてた?」
「間抜け面だね」
「おい」
二人して顔を見合わせる。そして、どちらともなく吹き出した。
窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。 Yoshi @superYOSHIman
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