スキー教室なんて行きたくない! 風邪をひいてサボると決めたわたしの奮闘記!

無月兄(無月夢)

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 中学のみんなで行く、スキー教室。その最中、わたしは大きな雪玉になって、ゲレンデをゴロンゴロンと転がっていた。


「止めてーーーーっ!」


 目をグルグル回しながら悲鳴をあげるけど、高速で転がる雪玉を止められる人は誰もいない。

 そのままゲレンデ下の木に勢いよく突っ込んでいった。


「いやーーーーーーーーっ!」


 …………と、さらにもう一度悲鳴をあげたところで、目が覚める。


 ここのところ、目覚めは毎日こんな感じ。最悪だ。

 けど、そんな悪夢よりもさらに最悪な現実が、間近に迫っていた。





「とうとう明日になっちゃった」


 その日の夜。わたし、小泉有紗は、自分の部屋で頭を抱えていた。

 視線の先にあるのは、机の上に置かれたカレンダー。それぞれの日付の下に白紙のスペースがあって、その日何があるか予定を書き込めるタイプのやつだ。

『お正月。めでたい!』とか、『冬休み最後の日だよ。えーん』とか、色々書き込んであるけど、その中にひとつ、特に重大なものがあった。それが、これ。


『地獄のスキー教室。なんでこんなのがあるのーっ!。・゚・(*ノД`*)・゚・。 なくなれーっ! なくなれーっ!』


 白紙のスペースにギリギリ描き詰まるくらいの文字で、とにかく嫌だ嫌だって気持ちが書いてある。

 だって、本当に嫌なんだもん! そのせいでもう何日も連続で悪夢を見ている。こんなの、もはや呪いだよ!


 わたしの通っている中学校では、年に一度ちょっと離れた所にあるスキー場にお出かけして一日中スキーをするっていう行事があるんだけど、わたしにとってそれは地獄の一日。それが、もう明日に迫っていた。


 言っとくけど、わたしは特別運動オンチってわけじゃないよ。すっごく普通!

 普通って、そんなに胸を張って言うことじゃないと思うけど、とりあえず運動やスポーツが絶望的に苦手ってわけじゃない。ただし、スキー以外は。

 スキーだけはどうしても苦手で、スキー板をつけたら足はプルプル震えるし、ちょっと歩こうものなら自分の意志とは関係なくスルーってあらぬ方向に滑っていくし、最終的には雪の中をゴロンゴロンと転がって雪ダルマみたいになっちゃう。

 あまりの下手さに、見ているみんなは大爆笑。だけどわたしは、ちっとも面白くない。

 こっちは本気で怖がってるのに、なんでそれを笑われなきゃいけないの。しかも去年は、憧れのイケメン男子友沢くんと同じ班になったから、彼の目の前で思いっきり醜態を晒してしまったの。


 性格もイケメンでとっても優しい友沢くんだけど、雪に頭から突っ込んで両足だけ突き出ているってマンガみたいな状態を見たら、さすがに笑わずにいるのは不可能だよ。

 一応、「大丈夫?」って心配してはくれたけど、明らかに笑いを堪えてた。


 さらに、なんの因果か今年も友沢くんとは同じ班。

 二年連続で同じ班になるなんて、運命だね。なんて感じて恋のドキドキアバンチュールが始まるならいいけどさ、これじゃ始まるのは恋じゃなくてギャグコメディだよ!


「あぁっ、もう! 二年連続で友沢くんの目の前でみっともない姿を晒すなんて、絶対に嫌ーっ!」


 想像しただけで恥ずかしくなって、絶叫しながら床の上を何度も何度もゴロゴロとローリングする。


「有紗、うるさいわよ! なにドタバタやってるの!」

「ふぇっ、お母さん!? ごめんなさーい!」


 あまりに騒いでたものだから、部屋の外から怒ったお母さんの怒鳴り声が飛んできた。

 ううっ。こうなったのも、全部スキー教室のせいだ。

 スキー教室のバカーって叫び出したいけど、そんなことしたらまた怒られそうだからグッと我慢する。


 それから再び頭を抱えていると、部屋の扉がほんの少し開いて、白、黒、茶色の三色の毛玉が入ってきた。


「ニャ〜ッ」

「あっ、きなこもち。慰めに来てくれたの?」


 毛玉の正体は、我が家で飼ってる猫で、名前はきなこもち。きなこのような黄色っぽい毛並みに柔らかボディということで、きなこもちって名前にしたの。とってもかわいい、我が家のアイドルだ。

 きなこもちは頭を抱えているわたしの側にやってくると、どうしたのって顔をしながら、肉球をポンポンと押し当ててきた。


「慰めてくれるの? ありがとうーっ!」


 嬉しくなって、ギュッと抱きしめそのお腹に吸い付く。こうすることで、癒し成分を摂取するのだ。

 きなこもちはジタバタしてたけど、じゃれてるだけで嫌がってるわけじゃないんだよ。多分。


「よし。癒し成分をたっぷり吸ったことで、少し元気が出た。それに、この残酷な運命に立ち向かう決意もできた」

「ニャニャッ?」


 こんなこと言っても、きなこもちにはわかんないか。

 けど、きなこもちのおかげで覚悟を決めることができたんだ。

 って言っても、スキー教室に行く覚悟じゃないよ。あれだけ嫌だ嫌だって言ってたんだもん。いくらきなこもちの癒し成分を吸ったって、行こうなんてちっとも思えない。


 じゃあ、どんな覚悟を決めたのかって? それはね、行かない覚悟。


「決めた。わたし、明日のスキー教室は行かない。何がなんでもサボるんだ!」


 グッと握った拳を天高く突き上げ、高々と宣言する。これが、わたしの覚悟!


 サボるなとか、覚悟の方向性が間違ってるとか、そんな声がどこからか聞こえてきそうだけど、そんなのは全部スルーする。

 とにかく大嫌いな、地獄のスキー教室。それをやらずにすむなら、サボりだってやってやろうじゃないの。不良になってやりますとも!

 今のわたしは、スケ番か女総長にでもなった気分だ。


「問題は、サボるといってもどうするか。スキーが嫌だから学校休むなんて言ったら、お母さんに怒られる」


 怒ったお母さんの姿を想像して、ブルリと震える。

 スケ番でも女総長でも、怒ったお母さんは怖いんだ。

 だけど、これからどうすればいいかも、既に考えてある。


「よし、風邪をひこう! それで熱を出してダウンするんだ」


 いくらお母さんでも、熱を出して寝込んだ娘を無理に学校に行かせるなんてことはしないはず。と言うか、お母さんを納得させる理由なんて、それしか思いつかない。

 つまり風邪をひくことが、わたしがスキー教室を回避できる唯一の方法なんだ。


「絶対絶対、風邪をひくぞーっ!」


 もう一度、拳を天高く突き上げる。

 そんなわたしを見ながら、きなこもちは呆れたようにニャ〜と鳴いていた。

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