漢の別れ

駒井 ウヤマ

旅立つ漢の背中には

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 1回目はもう、年の頃も覚えちゃいないガキの頃でな。2回目もそう、3回目も・・・いや、ありゃどうだったか。兎に角昔、昔の話だったことは確かだ。

「そうかい。しかし、その割にゃあ器用に回数を覚えてるもんだな?」

 そりゃそうさ。毎回、夢の終わりに「これでX回目、あとX回」って言われるんだ。嫌でも覚えるさ。

「へっ、そりゃ誰が?」

 知らねえ。知らねえ美人だよ、とてつもねえ別嬪さんのな。

「そりゃ結構な夢だ。肖りてえもんだ、俺も」

 そこだけなら、俺だってそう思うさ。でも違う。

 その夢の中じゃこのチンケな街並みは丸焼けの荒野で、屍の山で、そして・・・夕暮れか火の柱か分からねえ遠景の前に聳え立つ1本のクソ、じゃねえ、『アイツ』だ。

「・・・アイツ」

 ああ。

「アイツ・・・そうか、アイツか。なら、そんな夢は俺だって御免だ」

 お前じゃなくてもそうさ。第一、お前にはあんな美人の嫁さんと子供がいるじゃないか。好き好んで、夢に出るだけの美人に縋らなくたっていいだろう。

「そうか?美人はいくらいたっていいもんだぜ」

 そうかい。まったく気楽な奴だ、長生きするぜお前は。

「アリガトさん。今の俺にとっちゃ最高の褒め言葉だ、それは」

 そうだろう、そうだろうともよ。少なくとも俺には叶えられない願いだ、大事にしろよ。

「・・・何でだよ?」

 分からないのか、と言うのは野暮か?

「野暮だよ」

 そうか。ま、それでなくともだ。さっきの夢の話だがな、その美人さんが昨日見た9回目の夢じゃ言ってくれなかったんだ。

「へえ、何て?」

 あと何回ってのをな。ま、8回目に見た夢で「あと1回」って言ってたから嫌な予感はしてたんだが、実際に聞くと・・・。

「聞くと?」

 こう、来るべきものが来たって、そんな気分だ。

 さて・・・少し話過ぎたな、もう行くぞ。

「行くのか」

 ああ、行く。俺だっていつまでも、こうしてお前と2人、酒場で安酒を酌み交わしていたいがな。そうも問屋が卸さないようだ。

「安酒って言うなよ。俺の奢りだぞ?」

 お前が奢ってくれる酒なんて、安酒に違いないだろうが。

「ヒデえ」

 そんな顔してもダメだ。・・・ああ、マスター。俺が入れておいたウイスキーボトル、あれは残しておいてくれよ。また戻って来るから。

「・・・お気をつけて」

 なんだよ、マスターまで。そんな言い方されると、俺たちまでしんみりしてしまうじゃないか。

「そうだぜ、マスター。コイツの言う通り、いつも通りこのバカヤロウって送り出してやればいいのさ。俺もそうする心算だからよ」

 それでいい。が・・・バカヤロウなんて言われたこと無いぞ、俺は。

「俺が今から言うからな。さ、行ってこいバカヤロウ!」

 はいはい。じゃ、お前も精々生き残って、また酒奢ってくれよ。バカヤロウの親友よ。


 そう言うとクルリと背をカウンターへ向けて、手に持ったペンライトのような物体をマスターと友人へ掲げるように見せつけながら酒場を後にする彼の背中へ、最後通牒の如きラジオの音声が突き刺さる。

『・・・えー、本日未明より東京湾に出現した巨大な生命体は上陸し、自衛隊の防衛線を突破してとうとうここ、東京スカイツリーへと迫っております。ああ、今腕が塔を掴みました!では、皆さん放送はここまでです、さようならー!』

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漢の別れ 駒井 ウヤマ @mitunari40

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