罠
硝煙の匂いが鼻をついた。
微かに残る耳鳴りに混じって、男たちの怒号が聞こえてくる。
「逃がすなっ! あっちだ!」
空中を滑るように移動するドローン。
その誘導に従って、世羅は動いていた。
「火薬の量が足りなかったんじゃないのか?」
『多ければいいってもんでもないの。あなたも一緒に吹き飛びたかった?』
ソフィアの声は
「だが、ほとんど数は減っていないぞ?」
ギャングたちの足元に仕掛けられた爆薬が
使用されたのは、土木工事でも用いられる爆薬。
殺傷ではなく制圧を目的としたもので、威力は抑えられている。
だが、それでも爆風と衝撃で数人を戦闘不能にするには十分だった。
この戦いの“狼煙”で、百人を超えるギャングのうち、一割は脱落させた。
だが裏を返せば、一割“しか”減らせなかった。
『グチグチ言わずについてきなさい!』
圧倒的な人数差を覆す作戦。そのひとつは、地形の利用だった。
朽ちかけた建物が並ぶ工場地帯。もはや使われることはなく、人が立ちいる気配もない。
だが、その多くは窓ガラスが割れ、扉は開けっ放し。
そもそも壁そのものが崩れ落ち、内部が剝き出しになっている建物もすくなくない。
出入りは自由……というより、“中”と“外”の区別が曖昧なのだ。
建物同士は密集し、加えてこの一帯には草木が生い茂り、視界を遮る。
足場も悪く、味方が多ければ多いほど、かえって互いを邪魔することになる。
この迷路のような地形では、数の有利は機能しない。
『世羅くん! ジャンプっ!』
「何だ?」
外壁と建物の壁に挟まれた細い路地。
大人三人が横並びで歩けるほどの幅はあるが、決して広くはない。
世羅はそのなかを走っていた。ソフィアが操るドローンの誘導に従って。
『いいから飛びなさいっ!』
ダンッ――
世羅は言われるがままに跳躍した。
走り幅跳びの要領で、十メートルを越える“軽めの跳躍”。
変異体である彼なら、その倍も飛べるだろう。だが、急に指示された割には、悪くない距離だった。
「まちやがれぇー! てっ、うわぁああああ!」
直後、ズドンッと鈍い音が響いた。
追いかけてきた数名のギャングが、地面ごと姿を消す。
ソフィアが事前に仕掛けていた“落とし穴”だ。
穴は広く、そして深い。
一瞬の静寂ののち、「ううう……」という、
「おいおい……随分と深く掘ったな、ソフィア?」
世羅の口調に
彼は立ち止まり、穴の縁に片方の足をかけて見下ろした。
しかし、穴の奥は闇に沈み、落ちたギャングたちの姿は見えない。
時折、間の抜けた悲鳴だけが底から響いてくる。
『深いだけよ? 返しのついたスパイクなら設置できたけど……必要だった?』
トゲトゲは流石に死ぬ。だが深いだけなら死にはしない。
骨の何本かは折れるだろうから、自力で
「まぁ、十分だ」
世羅は口元に笑みを浮かべ、肩を軽くほぐす。
そして再び、路地を駆け出す。
作戦のふたつ目は“
あらかじめ用意しておいた仕掛けによって、敵の数をじわじわと削っていく。
地味ではあるが、戦場においてこれほど“コスパ”の良い手段もない。
だが、
そして、その役を担うのは世羅自身だ。
ギャングたちの怒声が飛ぶ。
「おいかけろー! 向こうにいったぞー!」
「まてー! にげるなぁ!」
世羅は角を曲がると、即座に壁際へ身を滑り込ませた。
追ってくる者たちの足音が近づく。息を殺し、間合いを計る。
「こっちだっ!」
先頭のギャングが角を飛び出した――その瞬間。
ガッ――ゴギィ――!
世羅の突きが二発、顎に突き刺さる。
一撃目で脳を
男は膝を折る暇もなく、真下へと崩れ落ちた。
「うぉ! こ、こいつっ!」
倒れた男を除いても、なお三人のギャングが残っていた。
「……」
世羅は無言で、彼らを見据える。
男たちもすぐには動けなかった。
不意を突かれたこともあるが、それ以上に、この狭い場所では身動きが取りにくいのだ。
攻めるならひとりずつ、それ以上の余裕はない。
「く、くそ! おらぁっ!」
一瞬の戸惑い。だが、彼らは
ひとりがスチールパイプを振り上げて突進する。
――メキィッ!
「ぎぃああああっ!」
その腕が振り下ろされることはなかった。悲鳴とともに止まる。
世羅の鋭いサイドキックが、正確に
彼は武器を持ち歩かない。第三学園の校則で禁じられているからだ。
武器の携帯は生徒会の特権だが、スニーカーなら、話は別だろう。
例えそれが強化プレートを仕込んだ特注品だったとしても。
適度な重さと鋼の硬さを兼ね備えた一撃。
それが、ギャングの骨を
「うあっ! まじかよっ!」
「お、おい、おまえ行けって!」
残りのふたりは明らかに戸惑っていた。
彼らの動きは“
だが、世羅の動きはまるで違う。明らかな意図を持った訓練と実践を重ねた動きだ。
無駄がなく、最短距離で急所を捉える。
それは暴力ではなく、磨かれた“戦技”だった。
『みつけたぁ! あそこにいるじゃないかぁっ!』
くぐもった声が、突如路地に響いた。
世羅が逃げていた方向、つまり、いま対面しているふたりのギャングとは逆側だ。
その路地の奥に、巨体の影が現れる――ボスだ。
折れ曲がった鉄骨や倒木が行く手を遮っていたが、ボスは払いのけることすらしない。
ただ「ドシン、ドシン」とまっすぐあるくだけで、道は自然と開けていく。
その姿に従うように、さらに大勢のギャングが現れる。
世羅はいま、完全に前後を塞がれていた。
「どうした……? こないのか?」
だが、彼の態度に動揺はなかった。
むしろ、目のまえのふたりに手招きしてみせる。あからさまな挑発だ。
「なんだおまえ!? 状況わかってんのか!?」
「逃げ道ねーぞっ! どうすんのオマエ!?」
ふたりは、ここぞとばかりに
殴りかかればやられる、ギャングとしての本能がそう警告していた。
だから、手を出せなかったのだ。だが“逃げ道を塞ぐ”という名目があれば話は別。手を出さずとも
世羅に対しても……なによりボスに対して言い訳がたつ。
『世羅くん! こっちよっ!』
ソフィアのドローンが、すぐ横の建物へと突っ込んだ。
壁には大人ひとりが悠々と通れる窓枠。ガラスは砕けており、塞ぐものは何もない。
「了解」
世羅は素直に従った。
目のまえのふたりを瞬時に制する力はある。だが、その行動には意味がない。
先ほど倒した相手ですら、いずれ立ち上がり、戦線に復帰してくる。
その“しぶとさ”は変異体の脅威であり、多人数相手の難しさでもある。
だからこそ、ソフィアの力が“戦術”が必要だった。
『ほらぁ! 世羅くんが建物のなかに入ったよっ! 早くおいかけるんだよっ!』
「どうやって!?」
『よじ登ればいいでしょ?』
「この高さを!?」
ギャングのひとりが壁を見上げる。
その視線の先、コンクリートに開けられた窓枠は、遮るものが何もない。
世羅が飛び込んだそれと同じ構造だが、位置がたかい。
身長三メートルを超えるボスですら、首を傾けて見上げるほどの高さだった。
世羅は何の障害もないかのように壁を駆け、迷いなくその窓に身を投じた。
さらに一、二メートル高かったとしても、気にせず飛び込んでいただろう。
『ん? 何やってるの? 早く登りなよ?』
見上げたギャングもまた変異体だ。
やろうと思えば、できなくはない。だが彼は、
わざわざそんな真似をしなくても、別の入り口を探せばいい……そう思ったのだ。
「えっ? どこかに入口が……」
だが、変異島において、クランマスターの言葉は絶対である。
これは“
とはいえ、命令をどう運用するかはマスター次第。例えば、世羅の方針は放任だ。
自分の“
しかし、アイアンメイデンのボスは違う。
理屈が通らなくても、不条理でも、口答えは許さない。
なぜなら、ギャングたちはボスの“
『はぁ? そんな遠回りして彼を見失ったらどうするの? バカなの? 手伝ってあげるよ』
そう言いながら、ボスは隣にいた男のベルトを無造作につかむ。
「ボ、ボスっ! や、やめてくれぇ!」
ゴムボールでも拾うように、ボスの剛腕が、ひょいっと男を持ち上げる。
その腕に重さは感じられない、あまりに軽々としている。
『ほーらぁ! 飛んでいきなぁ!』
ブン――
助走もなく振り上げられたその腕が、男の体を一直線に投げ飛ばす。
ゴンッ! ガンッ!
「ぐえっっ!」
男は頭を窓の上枠にぶつけ、反動で背中を下枠に打ちつける。
そのまま、弧を描いて壁の奥に消えていく。
ドサッ!
地面に無様な音を響かせて落ちた。
『お~~いっ? ……あれ? 返事がないなぁ』
ボスは腕を組み、うーんと
次の行動は決めていたが、数秒ほど“悩むフリ”をしてから、あたりを見回す。
『仕方ないなぁ。じゃあ、次はだれが行く?』
求めているのは意見ではない。次に投げる“ボール”だ。
それに気づいたギャングたちが、蜘蛛の子を散らすように動き出す。
よじ登りはじめる者、扉を探して逃げる者、それぞれだった。
「探せっ! 入口を探せっ!」
「あった! ここからなかに入れるぞっ!」
ひとりのギャングがドアノブに手をかけた。
その瞬間――
「ぎあああああっ!!」
男の体がビクリと跳ね、全身が硬直する。
目を見開いたまま、のけぞるように仰け反る。
「おい! どうしたっ!?」
異変に気づいた仲間が、反射的に背中へ手を伸ばす。
「うぎぎぎぎぎぎぃ!」
その手が触れた刹那、今度はそいつまでが悲鳴を上げた。
感電だった。ソフィアが仕掛けた
出入口は導線を取りやすく、仕込むにはうってつけだ。
「おい! そいつらに触るなっ!」
その声の主は、バットを手にしたギャングだった。
だが、感電した仲間に手を伸ばしかけた別のギャングが、焦った様子で叫ぶ。
「いやでも! どうすんだ!? ほっとけねーだろ!?」
「こうすんだよっ!」
バキィッ!
金属バットが
「おいおいっ! ひでーなっ! 大丈夫かよ!?」
吹き飛ばされた仲間を見て、別のギャングが目を丸くする。
「焦げるよりましだろーがっ!」
打ち飛ばした本人は、バットを肩に担ぎ直した。悪びられる様子はない。
「やべっ……触っただけであれかよ!」
「あっちのドアもダメか!? おい、別ルート探せ! 急げっ!」
騒ぎの輪からすこし離れた位置で、別のギャングが壁沿いに走り出す。
別の出入口を試そうとしていた連中も、一斉に動き出した。
だが、逃げ腰になっているギャングたちを一瞥し、バット男が吐き捨てる。
「チッ……こうすりゃいいだろーがっ!」
そのままドアにバットを叩きつけた。火花が散り、ドアノブが吹き飛ぶ。
その衝撃で、扉がバーンと開け放たれた。
「よっしゃっ! いけいけー!」
ギャングたちが勢いよく室内へと流れ込んでいく。
その様子を遠巻きに見ていたボスが、肩をすくめた。
『やれやれ。色々と仕掛けてそうだなぁ……まぁ……』
そういうなり、ボスは傍らの外壁を殴りつけた。
ドンッ!
鉄拳がコンクリートの壁をこなごなに砕く。
『ボクには関係ないけどね』
ギャングたちが殺到する入口など意に介さず、巨体が静かに進み出す。
踏みしめた
『世羅く~~ん、何処ぉ~?』
戦いは、まだ始まったばかりだ。
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