尾行

「ねぇねぇ、マスター? 気づいてるっしょ~?」

「ああ。あんな下手な尾行、気づかない方がおかしい」


 世羅とヤミ子、学校からの帰り道。

 夕暮れの歩道を並んで歩きながら、ふたりはうしろを振り返ることなく“尾行”に気づいていた。


 通りをひとつ挟んだ向こう側。

 距離にしておよそ五十メートル。

 数人の男たちが、着かず離れずこちらを追っている。


 隠れるつもりはないのか、ただ下手なのか。

 どちらにせよ、これほどわかりやすい尾行に気づくなという方が無理な話だった。


「へへ~♡ やっぱマスターに送ってもらって大正解って感じ~?」

「そのようだな」


 ヤミ子はわざとらしく世羅の腕に自分の胸を押しつける。

 そのまま腕を抱き寄せ、甘えるように肩へと頭を預けた。

 アイドルとは思えないほど堂々としたスキンシップ。

 多湖にリーク写真をばらかれ、現在進行形で炎上していることなど、まるで気にしていない。

 世羅もまた、そんなヤミ子を払いのけることなく、されるがままに歩き続ける。


「でさー、マスターどうすんの~?」

「尾行は撒くか……本体を叩くか。いずれにしろ、何かしら手を打たないとな」


 ヤミ子は小首を傾げ、にへらと笑いながら言った。


「ん~……ま、尾行もあるけどさ? あーしが気にしてんのは借金の方じゃね?」

「……そっちの話か」


 世羅は短くため息をついた。


「コンビニのシフトを増やすしかないな。それに、向こうから来てくれるなら、賞金バウンティ稼ぎも楽かもしれない」


 そう言いながら、後方をあるく男たちへ視線を流す。


「え、それフツーにヤバくない? 顔バレのままやる気なん?」

「ああ、そうなるな」

「さすがにやめときなよ~? いま何でつけられてんのかは知らんけど、そんなんやったら尾行どころじゃなくなるっしょ~?」


 ヤミ子の声音には、笑いが交じりながらも、どこか冷静な“現実感”がにじんでいた。


「……ふむ」


 一理ある。世羅はそう思った。


 尾行してくる連中を潰し、報復がくるならそれも“芋づる式”に仕留めればいい。

 そんな風に、半ば本気で考えていたのは事実だ。


 けれど、リスクは大きい。

 自分だけならまだしも、クランメンバーたちにまで被害が及ぶ可能性は否定できない。

 そもそも、今日ヤミ子と共に帰っているのは、その“警戒”の一環だった。

 多湖に襲われたのは、つい昨日今日のこと。ほとぼりはまだ冷めていない。

 実際、いまもこうして、意図の知れぬ尾行を受けている。


 五百万という金額が、冷静な判断力をむしばんでいる――世羅はそう感じ、静かに己を律した。


「ほらほら~! マスターこれみてみ!」


 ヤミ子が得意げに左腕を掲げると、R.I.N.Gリングが青い光を放ち、空中にホロパネルが展開された。

 そこに表示された“ある数値”に、世羅は目を細める。


「百二十万スコア……これはなんだ?」

「は? “なんだ”って、なんだぁ? あーしの個人口座に決まってんじゃん! アイドル活動で貯めたスコアっしょ! すごくねぇ!?」


 ドヤ顔全開で胸を張るヤミ子。

 炎上中であることも、さっきまでの借金の話題も、全部吹っ飛ばす勢いだった。


 ヤミ子は第三学園の一年生。十六歳。

 地下アイドルとしての活動歴は、まだ一年そこそこ。

 見た目も派手で、ギャルらしくセルフメンテにもスコアを惜しまない。

 それでいて、この貯金額は大したものだろう。


 世羅はわずかに感心しながら、目を細める。


「全部はムリだけどさ~、とりま百万だけマスターにあげるっ! 返済の足しにしな~?」


 ヤミ子はR.I.N.Gリングを操作しながら、お小遣いでも渡すかのようなノリで言い放った。

 その無邪気な笑顔に、世羅は眉ひとつ動かさず言い返す。


「いらん」

「なんでぇ!?」

「これは……私の問題だからな」


 その声音に、ヤミ子が言葉を詰まらせる。


 ボロアパートの修繕費、その他諸々。借金総額、五百万スコア。

 MONOLITHの審査によって提示された支払いプランは、利息十パーセント、三十回払い。

 月々の返済額は十八万三千三百三十三スコア。

 借金の徴収は、生活よりも、命よりも、優先される。


 その上で、彼には“クラン”がある。クランには、維持費という定期支出が存在している。

 毎月規模に応じた額のスコアをMONOLITHに納めなければならず、一度でも滞れば、その場で即座に“解散”処理が行われる。


 クランが消えるということは、忠誠を誓わせた三人の少女たちを“手放す”ことを意味する。

 彼女たちは世羅の“独占”から解き放たれ、自由になるかもしれない、他者の手に渡るかもしれない。

 ひょっとすると自身のクランを持ち、敵として現れるかもしれない。


 それは彼にとって、何よりも許せないことだった。


「てか、借金返せないとかフツーにヤバくね~?」


 その言葉に、世羅は昨晩のやり取りを思い出す。

 相手はソフィアだった。


 彼女は五百万スコアを一括で立て替えるという提案をしてきた。

 利息分が浮くから、そちらの方が合理的だと。

 だがその代わり、立て替えた金額を完済するまでの間、クランマスターの権限を移譲する。そういう条件を提示された。

 教師の給料で五百万をぽんと出せるものかと、世羅は正直驚いた。

 マスター権限を渡すということは、ソフィアの手足となり、こき使われるということに他ならない。

 世羅も彼女の素性は測りかねている。

 尋常ではないハッキングスキルに、スパイのような自宅――案外、本当にスパイなのかもしれない。

 その可能性は、十分にありえる。


 クランマスターという立場は、絶対だ。

 絶対命令マスターオーダーであれば、どんなことでも通る。拒否はできない。

 実際、世羅は三人の少女たちに、さまざまな命を下してきた。

 身の回りの世話に始まり、ギャング狩りの手伝い。極め付きは、夜の相手まで。

 女性にとって最終ラインとも言える役目まで、僅かなスコアの支払いで命じることができる。

 それがクランマスターという存在であり、それを現に実行しているのが世羅だった。

 それだけのことをさせている自分が、マスター権限をソフィアに奪われたら。

 自分が、どれだけ“こき使われる”か。支配され、搾り尽くされるか。

 想像に難くないし“それ”だけのことをさせている自覚がある。


 だからこそ、彼はソフィアの提案を迷わず拒否したのだ。


「いっそ、ギャングをまるごと潰すか?」


 世羅は淡々とつぶやいた。

 正式な“決闘デュエル”をMONOLITHに申請し、勝利すれば相手クランの“すべて”を奪う“権利”が与えられる。

 このエリアを仕切るギャングクラン、“アイアンメイデン”。

 その規模であれば、五百万スコア相当の資産を抱えていてもおかしくはない。


「えっ? マジ? 本気で言ってるん?」


 ヤミ子が、興奮と不安の入り混じった表情で問い返した。


「本気だぞ……だが――」


 世羅はため息まじりに現実を口にする。


決闘デュエルを仕掛けるにも、スコアが必要だ。いまの私には、その賭け金のBETすらできない」


 この島における“決闘デュエル”のルールはシンプルで、そして残酷だ。

 勝てば、相手のすべてを奪える。スコアも、メンバーも、拠点さえも。

 どんなに小さなクランでも、大きなクランに勝てば一発逆転がある。

 だが、仕掛ける側には、規模に応じたスコアを支払う義務がある。

 つまり、“持つ者”が常に有利という、絶対的な構造なのだ。


「向こうから仕掛けてくれれば、無料ただなんだがな」

「うちら四人しかいないし~? 仕掛けても、向こうに得なくね?」


 ヤミ子が笑いながらそう返す。

 彼女の言い分はもっともだが、世羅に対してアイアンメイデンが決闘デュエルを仕掛ける。

 そのための“尾行”であるということを、ふたりともまだ知らない。

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