好きな人の好きな人は○○でした

折原さゆみ

第1話

 私には好きな人がいる。しかし、その人には私以外の好きな人がいる。しかし、私はあきらめない。


「江子先輩、一緒にお昼を」


「河合さんなら、倉敷先輩がいる教室に行ったよ」


 昼休み、教室を飛び出た私は、高等部の先輩のいる教室へと急ぐ。私が通う中等部の教室からはかなりの距離だ。先輩の教室の前まで到着したが、一足遅かった。江子先輩のクラスメイトに苦笑されるが、めげることはない。私は倉敷先輩のいる教室に向かう。


「一年生の教室と二年生の教室だと、結構距離があると思うけど、毎日律儀だね」


「私は紗々先輩の隣でお昼を過ごしたいんです!」


「そう、別に構わないけど。ああ、梨々花さん、お疲れ様。あなたも一緒にどう?」


 目的の教室にたどり着いて中をのぞくと、江子先輩と倉敷先輩は机を挟んで向かい合わせに座っていた。先に私に気付いたのは倉敷先輩だった。


 江子先輩の好きな先輩、倉敷紗々先輩は律儀に私に声をかけてきた。江子先輩から好意を持たれている余裕とでもいうのか。さらりと私に気を遣うのが憎らしい。


「梨々花ちゃんも紗々先輩と一緒にお昼を食べたかったんだね。いつも気づかなくてごめんね」


「いえ、別に大丈夫です。では、お言葉に甘えてご一緒させていただきます」


 本当は江子先輩と二人きりでお昼を過ごしたかったが仕方ない。私は倉敷先輩のいる教室に足を踏み入れ、空いている椅子を借りて、江子先輩の隣に座った。


 私たちは三人で倉敷先輩の教室で昼休みを過ごすのが日常となっていた。


「紗々先輩、今度の新作も最高でした!毎回、どこからそんなアイデアが出てくるんですか?やっぱり、凡人とは頭の作りが違いますね!」


「いやいや、私は至って普通だよ。世の中にはもっとすごい人がたくさんいるから」


「でもでも、私はそのすごい人の中に先輩が入っていると思います!」


「褒めてくれるのは嬉しいけど、さすがにそれは褒め過ぎ、かな」


 三人で一緒にお昼を取っていると、江子先輩と紗々先輩の二人だけで会話が進んでいることがある。私だって会話に参加したいが、参加するにはひとつ、問題がある。


「わ、私だって、【紗々の葉先生】の作品はす、すごいと思います!」


 そう、私の好きな人の好きな人は、小説を書いていた。そして偶然にも私は彼女の作品のファンだった。


 どうして、恋敵とも呼べる相手が私の好きな作品の作者なのか。まったくもって苛立たしい。


 とはいえ、倉敷先輩は人としてまったく尊敬できない。


 紗々先輩は、地味で陰キャでコミュ障で、普段の私なら絶対に近付きたくないタイプの人間だ。江子先輩がいなかったら、一生かかわることがなかっただろう。


「梨々花さんも私の作品のファンだもんね。ありがとう。でも、二人とも、もう少し声を抑えてもらえるかな」


「クラスの人に話していないんでしたね。すみません」


 つい、会話に参加するために江子先輩の好きな人を褒めてしまった。江子先輩は倉敷先輩に謝っているが、私は謝らない。事実を口にしただけで何も悪いことは言っていない。


「私の作品って、万人受けするタイプじゃないからね。それに、読者もあまり多くない。二人がファンって言ってくれるのは奇跡だよ。ありがとう」


 倉敷先輩はふわりと笑った。それを見た江子先輩が嬉しそうにほほ笑む。


「紗々先輩、その顔、他の人に見せちゃだめですよ。破壊力抜群です!」


「破壊力ってどういうこと?」


 普段地味で無表情の人が不意に笑顔を見せる。それが江子先輩には魅力的に映るらしい。理屈は納得できるが、それを倉敷先輩に当てはめるのはどうかしている。


「攻(おさむ)先輩に聞いてみてください。きっと、私の言うことを理解してくれるはずです」


「お兄ちゃんと河合さんって、考え方が似ているからね」


 倉敷先輩には大学生の兄がいるらしい。しかし、先輩とはまったく似ていないらしい。かなりのイケメンでモテモテのようだ。江子先輩はそのイケメン兄に会ったことがあるらしいが、そちらを好きにはならなかった。


 もし、兄の方を好きになっていたら勝ち目はなかったので、そこは運が良かったと言えよう。


「梨々花ちゃんはいつでも可愛いからね。紗々先輩に嫉妬しなくても大丈夫だよ」


「か、可愛いなんて」


 考えごとをしていたら、不意打ちに好きな人から可愛いと言われてしまった。そんなの嬉しすぎる。


「そうですよ。私なんかよりよほど可愛くて、モテモテなんですから、自信を持ってください」


「それは当たり前です」


 その後に言われた好きな人の好きな人の言葉はまったく心に響かない。倉敷先輩より可愛いのは当たり前だが、この言葉が嫌みではなく、本心なのが腹立たしい。


「江子先輩は常に可愛い私より、不意に可愛い倉敷先輩の好みなんですね。そこは趣味が悪いです」


「何か言った?」


「いいえ。江子先輩はいつでも魅力的です」


 江子先輩に私を恋愛感情として「好き」と言わせるのはまだまだ先になりそうだ。







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好きな人の好きな人は○○でした 折原さゆみ @orihara192

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