妖精殺しの事件簿
高久高久
混乱の村
――この村を訪れた俺が感じたのは、重苦しい空気であった。
一見のどかな田舎の村。村民は皆家族、と言うには過言だろうが、親類関係に近いくらいには距離感が近そうな、小さな村だ。
そんな村だと俺の様な余所者に警戒するのはまぁあることだが、漂う空気から感じられるのは疑心暗鬼。村民同士を疑い、警戒している様子であった。
「あの、『妖精殺し』さんですか?」
村の様子を眺めている俺に、少女が声をかけてきた。こちらも少々警戒の色があったが、俺が頷くとほっとした様に表情を緩めた。
他の村人より綺麗な身なりをした少女。話を聞くとこの村の長の娘であり、俺を呼んだのも彼女だという。
「……暗い村でしょう? でも、以前はそんな事なかったんですよ?」
村を見ながら歩いていると、苦笑しつつ長の娘は言った。
――長の娘が知るこの村は、元々は平和で笑顔が絶えないような明るい村だったという。だが少し前から、異変が起こる様になったという。
始めは片付けたはずの農具が散らばっていたり、戸締りしていたはずの納屋が開いてたりと、子供の悪戯かと思われる様な物。
村の子供は否定したが、大人たちは初めは笑って済ませていた。だが、何時までも続く悪戯に段々と苛立ちが募る様になり、大人の中でも『子供だからと言って許せん』派と『子供のやる事だから大目に見ろよ』派で分かれるようになる。
大人たちの対立は、段々と諍いに発展していくこととなる。
「最近ではその悪戯とは関係ない話でも争う様になって……」
最近ではちょっとしたことで大人同士で争う様になったという。やれ、自分の女房に手を出しただの、旦那に色目を使っただの、そう言った色恋沙汰が多いらしい。
「――あ、ちょっとすみません」
話の途中、長の娘は見かけた若い男に駆け寄り、何かを話している。男の隣には俯いた妙齢の女性が立っており、話を終えると長の娘が戻ってくる。
「失礼しました……彼は私の婚約者で、次期村長候補なんです」
長の娘の婚約者は女性を連れて去っていく。女性は旦那の事で、彼に相談していたとの事だ。色々と婚約者の事を、何処か誇らしげに語る様子から、娘はしっかりと好意を抱いているのがわかる。
「彼も村の一大事という事で色々手伝ってくれるのですが……あの、本当に妖精の仕業だなんてこと、あるんでしょうか?」
疑わしそうに長の娘が言う。
――突如訪れた村の諍い。これに村の年寄りは『妖精の仕業だ』と言ったようだ。
――妖精というのは、悪戯好きだ。人間が混乱する様を見るのが好きで、色々な事をする。
「村の年寄りが言うには『妖精の粉』でみんな狂わされてるに違いない、って……」
「いや、粉は使われて無い」
「……断言、ですか?」
「ああ、あれが使われてたらもっとヤバい」
一般的に妖精は『妖精の粉』と呼ばれる物を用いて、人々を惑わし、混乱させてその様を見て楽しんでいる、と言われている。
――だが本当の『妖精の粉』はもっとヤバい代物だ。使用したら理性を失くし、本能や欲望のまま行動を起こす様になる。こんな村民同士疑心暗鬼で重苦しい空気なんてものじゃ留まらない。大体笑いながら殺し合うレベルで殴り合ってたり、老若男女関係なく素っ裸でおっぱじめてたりと、
村を見て回っていると、戸の開いた建物が見えた。娘に聞くと、どうやら納屋として使っているらしい。普段は戸締りはちゃんとするのに、と娘は首を傾げるのを余所に、俺は納屋へと入った。
「――そこぉッ!」
農具の陰。潜んでいるモノに俺は素早く飛び掛かる勢いで手を伸ばす。
「きゅ、急にどうしたんですか――あ」
『な、なんでヒト如きがあたしを捕まえられるのよぉ!?』
俺の手の中の、小さな少女の形をした妖精が困惑した様に喚いていた。
◆
『ぎゃあああああ! 死ぬ! 死ぬ! 死んじゃううぅぅぅ!』
「死にはしねぇよ。その前に折れるだろうけど」
納屋に置かれていたテーブルの上で、妖精が喚きながら暴れている。
妖精の足は4の字に組まれており、関節が極まるように俺は指を絡めていた。
「あの、この可愛らしい子が妖精?」
「見た目に騙されるな。性格は最悪だぞ」
尚苦痛により見た目も今は色々とアレになっている。
「……何故触れるんですか?」
『ひ、ヒト如きが何であたしを捕まえられぇぇぇぁぁぁあああ! 折れちゃう折れちゃう折れちゃうううぅぅぅ!』
一般的に、妖精は魔力を纏っている為人は触れない、とされている。だがそれは大きな間違いだ。確かに魔力は纏っているが、
「俺はこういうもんでね。こういった小物や羽虫を捕まえるのは得意なんだよ」
俺は空いた手で髪をかき上げて見せる。普通の人よりも少し尖った耳を見て、長の娘は驚いた顔をする。
『あ、アンタ
半妖精とは、人間と妖精の血が混じった存在だと言われている。その為人でありながら妖精並みに素早く動く事が出来る。この体質を活かして妖精狩りをしていたら、気付いたら『妖精殺し』なんて二つ名が付いちまったわけなんだが。
「そうだよクソ妖精。解ったらとっとと話せ」
『は、話す事なんて何もなぁぁぁぁぁ! 今ギシって! 骨軋む音したぁぁぁ!』
「あるだろうよ。お前が何してたか――何を見たかを言えばいいんだ。言わなきゃ縄で縛って蝋燭で炙るぞ? 勿論頭から」
『あああああ! 話す! 話すからぁ! 話すから足解いてぇぇぇぇあああああ! 今ボキッって! ボキッって音したぁ!』
「……『妖精殺し』っていうから、もっとこう、魔法とか使うのイメージしてたのに」
もがき苦しむ妖精を見て、長の娘が呟いた。いやこんなの害虫駆除みたいなもんだし。言うと更に引かれそうだから黙っておいたが。
◆
――妖精の足にかける力を少しだけ弱めて話を聞く。完全に解放すると即逃げるだろうから。現に、少し弱めた瞬間に『馬鹿め!』と逃げようとしたので、今は別の形に変えて
「成程成程。つまりは、お前は何にもしていない、と」
妖精は涙目でこくりと頷いた。
――曰く。確かに妖精は諍いが始まる頃にこの村に居つき始めたらしい。
だが悪戯をする前に、もっと面白い事――村民同士の不倫関係の覗きという楽しみを見つけたという。
普段は仲睦まじげな男女が、ちょっとしたタイミングで別の相手と色々とヤッている。その様子がこの妖精は楽しかったようだ。
『だってさ、数分前まで『愛してる』とか言ってたくせに、すーぐ他の奴に腰振って『お前しかいない』とか言ってるんだよ? ヒトって愚かだよね!』
この村の爛れっぷりには、妖精の言葉が否定できない。
だって話を聞いた限りだと、長の娘以外誰かしら不倫相手が居るっぽいし――そう、あの婚約者にも。なんでも、あの妙齢の女性がその相手だったようだ。『ボクは貴方の奴隷ですぅ!』とかいうプレイがお好みの様で。ドン引きっすわ。
「――そうですねぇ。本当、愚かですねぇ」
黙って聞いていた長の娘が、呟いた。振り返ると長の娘の笑顔があった。目が全く笑っていないが。後手に鉈と斧を持っているのが怖かった。
『ね、ねぇ……半妖精……あのヒトなんか怖いんだけど……』
妖精が怯えたように言う。安心しろ、俺も怖い。
「『妖精殺し』さん、妖精さん、ありがとうございました。私、これからあのカスの股間を耕すという用事が出来たのでこれで失礼しますね。ああ、殺しはしないので安心してください。私という者がありながらあんな年増に手を出した事を思い知らせてやるのに、簡単に殺すわけないじゃないですか」
ふふふ、と笑いながら長の娘が言う。これ妖精の粉使った? 使ってない? ってことは素?
戸惑う俺達を余所に、長の娘は高らかに笑いながら出て行った。直後、何やら男の悲鳴が聞こえたが気のせいということにしておこう。
『……ヒトって、怖い』
「そうだなぁ」
妖精の呟きに、俺も頷いた。
妖精殺しの事件簿 高久高久 @takaku13
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