頷き妖精が教えてくれたこと

はねまる@グリスラ9/10発売!!

俺と頷き妖精について

 俺の耳元には、俺の唯一の味方がいる。


「せやな‼ それがええと思うで、ほんま‼」


 薄暗い五畳半の一室に、少年のものに聞こえる陽気な声が響く。いや、実際には響いてはいない。そのはずだ。それは、俺だけに聞こえる声なのだ。


 頷き妖精。


 俺はその存在をそう呼んでいる。姿は無く、しかし俺だけに聞こえる声で、俺の行動をやたらと行動してくる存在。今、俺は椅子に座り、スマホで電話をしようとしていた。妖精の声はそれを肯定するものであり、俺は思わず笑顔で頷きを見せる。


(だよな。別に、いいよな?)


 俺が連絡を取ろうとしている相手は、昨今世間を賑わせている存在であった。

 詐欺や強盗の手引きをしている、まったく合法とは言えない連中だ。

 

 俺には味方は存在しなかった。


 それこそ、耳元の妖精が唯一無二だ。生まれてこの方、高2の現在に至るまで友達なんて一人もおらず、両親にも見放されていた。誰も俺を愛してくれなかった。


(なんでなんだよ……ふざけやがって、クソッ)

 

どうしようもなく胸中で悪態を吐くことになる。俺は好きで太っているわけでも、頭が悪いわけでも無い。仕方が無いことであり、周囲はそんな俺を受け入れるべきだったのだ。特に許せないのは両親であった。肉親であれば、俺に対して無償の愛情を注ぐべきなのに、それをしなかった。

 

 とにかく、俺は恵まれていなかった。だから、これもまた仕方なかった。

 

 誰に迷惑をかけようが仕方がない。大金を得て、一時の享楽をむさぼるぐらい許されてしかるべきであった。

 

 俺はスマホの画面を見つめる。メッセージアプリ上にある電話番号を確認し、一度生唾を呑み込む。どうしても緊張はするが、やはり仕方ないし、許されてしかるべきだ。俺はいよいよ、その番号に連絡を……


「……なんや?」


 かけようとしたが、その寸前だ。耳元で妙な声が上がったのだ。俺は連絡の手を止めて、困惑することになった。肯定しかして来ないはずの頷き妖精が上げた、初めての怪訝の声であったのだ。


「な、なんだよ?」

 

 思わず問いかけると、返ってきたのは引き続きの怪訝の響きだ。


「まさか……そういうことなんか? 電話の相手は、今評判の悪い輩か?」

「そ、そうだけど?」

「は? あ、アカンっ‼」

 

 これまた、今までに聞き覚えの無い声であった。面食らっていると、妖精は早口に叫びかけてきた。


「絶対にアカンっ‼ それだけは無しや。何か間違いがあって、あんさんの身に何があったらどうするんやっ‼」

 

 妖精は声を大にして否と訴えかけてきたのだった。これも当然、初めてだ。初めて俺は、妖精に否定されたのだ。

 裏切られたのだ。

 ただ……俺は反感を覚えはしなかった。スマートフォンをゆっくり膝元に下ろすことになった。笑みを浮かべることにもなった。


「……お前だけだよ。俺を愛してくれるのは」

 

 正直、止めてくれて嬉しかったのだ。愛情を感じることが出来たのだ。俺の喜びの言葉に、妖精はすぐに反応をくれた。


「は? ……違うが?」


 俺は当然、すかさず「へ?」と声を上げた。


「違う? え、違うの? だって、俺を止めてくれて……」

「そらそうよ。あんさんが死んだら、ワイはどうなるんや? 一緒に消えなあかんやないか」

 

 よく分からない話に、俺は思わず首をかしげる。


「え、えーと、消えるの?」

「そうや? ワイはあんさんと一蓮托生やからな。それだけの話や。愛情とか関係あらへん」

 

 愛情は関係無い。

 俺は絶句を挟んだ後に、なんとか言葉を紡ぐ。


「じゃ、じゃあ……今まで俺を肯定してくれていたのは?」

「ワイは宿主に否定されたら消えてまうからな。それだけの話やが……あっ。す、すまんっ‼ 今の話は全部嘘やっ‼ ワイを否定せんでくれよなっ? なっ?」

 

 妖精は慌てて弁明らしきものを告げてきたのだが、俺はそれどころでは無かった。

 味方では無かったのだ。愛情など微塵も無かったのだ。

 ショックは大きいどころでは無い。ただ、何故だろうか。本当に何故だか、肩の荷が下りたような気が確かにしたのだ。


(そっか)


 俺は頷いていた。

 無償の愛など、どこにも無い。求めたって仕方なく、それが受けられないことに怒っても仕方ない。そう分かって、妙に気が楽になっていた。


 そして、俺は悪い連中に連絡を取ることは止め、代わりにダイエットを始めた。友達になりたいと思える自分になろうと決めたからだ。


 今も、妖精は俺の耳元にいた。

 気づきへの感謝もあって、消えて欲しいと思わなかったためだ。あれこれと助言をしてくるようになった。俺にとって、居てほしい何者かであるためのようであった。決して口うるさくは無く、良い手本だった。俺はこいつのように成りたいと思いながら、ダイエットを続けている。



 

 










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