妖精と枇杷を食う

かどの かゆた

妖精と枇杷を食う

 ある日、妖精を見た。

 妖精は僕の家で、キッチンの枇杷を齧っていた。虫食いみたいな小さな歯形。


「おいしいのかい」


 僕は聞いた。

 妖精は僕の顔を見上げた。澄んだ瞳だった。


「素敵な果物ね、ありがとう」


 妖精は愛嬌たっぷりの笑顔を見せた。枇杷はどうやら、いつの間にかこの子のものになっていたらしい。


「僕も食べていいかい」


 僕は妖精が食べている枇杷の隣を指差した。


「どうして私に聞くの?」


「全部君のものなのかと思って」


 僕は冗談のつもりで言ったのだが、妖精は不思議そうな顔をしていた。


「私は果物がここにあったから食べただけよ。貴方も勝手にすれば良いじゃない」


 それもそうか、と思った。

 その枇杷は僕が昨日スーパーで買ったものだが、妖精にとっては、たまたまそこにあったものでしかないのだ。

 僕は枇杷の皮を剥き、橙色の果肉に口をつけた。上品な甘さで、みずみずしい。


 妖精は枇杷を四分の一くらい食べて窓から去っていった。お腹いっぱいになったのだろう。

 飛んでいく小さな背を見ながら、僕は所有とはなんだろうかと考えた。

 僕は、枇杷を奪われたのだろうか。

 あの果実は、僕のものだったのだろうか。


 お金で買うということが、ひどく傲慢に思えた。


 でも、そうしないと僕は生活できない。

 妖精に社会はない。ああして、一人で好き勝手いたずらするだけだ。

 それが酷く羨ましかった。


 僕はそれからしばらく、窓を開けて、キッチンに果物を置き、妖精を待った。

 妖精は来なかった。

 それでいい、と思う。来て欲しい反面、人の思惑通りに動いて欲しくない気持ちがあった。


 もう、会うことはないのかもしれない。

 この気持ちも、いつか社会に馴染みきって、忘れてしまうのかもしれない。


 ある日、いただきものの金平糖が入った瓶の前に、妖精が立っていた。

 しげしげと金平糖を眺めている。


「食べるかい」


 そう聞くと「これは食べ物なのね」と独りごちる。

 僕は瓶を開け、妖精の前に白い金平糖を転がした。ひそかに、僕は高揚していた。妖精が金平糖の角の部分をさくっと折る。それを見ながら、僕は瓶からもう一つ金平糖を取り出して、口に運んだ。


 軽やかな甘さ。

 妖精は折れた断面をぺろぺろ舐めていた。

 僕らはたまたまそこにあった金平糖を、二人のものとした。

 それは与えるとか奪うとか、そういったものとは別種のものだ。別種だと、思いたかった。

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妖精と枇杷を食う かどの かゆた @kudamonogayu01

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