妖精が住む森

七雨ゆう葉

第1話

 バチバチと小枝を踏みしめ歩く一行の足音は、均衡を保ったまま奥へ奥へとひた進んでいく。

 やがて深みを増し、薄れていく木漏れ日。

「もうすぐじゃないか」

「だね」

 単純な深緑とは少し違う。絵の具の緑の中に黒と青を足したような不思議な色合いが広がり、そこはいかにも幻想世界を彷彿とさせ、少年たちはこれから訪れるであろう「彼女」との邂逅かいこうに期待を膨らませた。


 いた! ほんとうにいたんだ。

 ――妖精が。


 その投稿は、目撃場所の付近に住む若き男たちの胸を大いに躍らせた。

 都市部から遠く離れたとある山間の町。田舎町とはいえど、コンテンツをいつでも大いに摂取できるこの時代を、彼らは喜んだ。

 映画にドラマ、漫画にゲームに小説。なかでも少年たちはアニメやライトノベルを愛好し、もはや生活の主軸とするまでに没入。会えば開口一番に語らう、そんな間柄だった。


 この世界に。あの森に。

 エルフがいる。実在する。


 与太話だと蔑む者は多かれ、彼らにとってエルフは既に身近な存在へと移行していた。

 純白の肌に長く整った耳。若々しく美しい外見を兼備し、森や泉に生息するとされる。またハーフエルフという種族もある。等々、昨今のライトノベルで一躍ブームと化したその現象と存在は、ここ最近目にした例の投稿と何か関連があるのかもしれない。思春期真っ只中に差し掛かる年頃、たぎる少年たちは皆、確かめずにはいられなかった。


 山合を進み続け、既に一時間以上歩いただろうか。生い茂る樹木の隙間から、数百メートル先にほこらのような白く小さな建設物が見えた。

 例の祠だ。噂ではそこから先、一層緑が深まる森にほとりがあり、例の妖精が住んでいるという。

「すげっ、きれい」

「いよいよじゃないか」

 聖水のほとり。まさにそう思わせるほどに神秘的な泉が、抜けた木々の先に見え一同は感嘆した。青と緑が合わさる風景に、風に揺れる葉音と小鳥のさえずりが合わさる。少年たちは立ち止まり、水辺に佇みハープを奏でる麗しき精の存在を描いた。

「見て、あれ」

 泉から少し離れた細い木の枝に、純白の布がカーテンのようにして垂れ下がっている。そしてその先、木材と石垣で作られた小さな家屋と思しき建物を発見。と同時に、何か甘いお菓子のような香りが鼻腔を優しく刺激した。

「あ! 来る!」

 深々と首肯し、決意を再確認する。一同は急いで木々の後ろへと隠れた。

 じっと。じっと待ち続ける。

 物語で見た、清らかなる存在。

 少年たちは息を呑んだ。


 開かれた扉。食事の支度だろうか。

 現れた精は想像通り、否、それ以上に白かった。

 そして、滑らかな曲線。初めて見るその小柄な体躯に、一同は言葉を失った。

 妖精、だ。

 だがまもなくして、少年たちは互いは視線を合わすことなく深々と目を閉じた。

 言葉はない。けれども確かなるを文字列を多分に含んだ心音がシンクロした、そんな気がした。

 深緑の中に光る象牙色。だがその白は玉のような肌ではなく、顔の半分以上を真っ白な髭で蓄えられた、ドワーフ顔負けの老人であったということに。

 

 

 


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妖精が住む森 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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