【KAC20254】異世界制覇剣玉ガベラボーラー

石田宏暁

【KAC20254】20252の続きです

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。見つめあう柴崎彩子の瞳には角膜か光彩以外に何かがあるみたいだ。僕らは惹かれあっていた。


 そう思っていたが、完全に目が覚めたらムカッ腹がたつだけだった。これは恋愛や憧れではなく、紛れもない憤怒の感情である。


 時は2026年。マニアの間では流行った異世界制覇剣玉ガベラボーラーの大会で僕らは決勝を戦うはずだった。


 若き日々、彼女と僕は同じチーム〈鋼鉄の玉座〉でライバルとして切磋琢磨したものだ。昨今では、また異世界制覇剣玉ガベラボーラーがダーツバーのような形で再ブームとなりつつあった。そしてあの夜――。


「また会ったな。我が宿敵、柴崎彩子よ」僕はカウンターで指を鳴らしバーテンダーを呼んだ。「スクリュードライバー。スクリューは濃いめで頼む」


「はあ?」新米のバーテンが聞き返すので答えてやった。「スクリューはケチるなと言ったんだ」


「は、はい」


「あら、また金城くん」

「ああ、また金城だ」僕が来ているのは承知のはずだが驚いた素振りとは。


「ここの賞金一万円のイベントにまで参加するなんて意外ね」

「カクテルクーポンも付くからな」


「飲めないと思ってたわ」

「貴様は僕の何も知らんな。ビールや焼酎は苦いから嫌いなだけだ。どうやら先日の宇宙艦隊将棋ギャラクチェスカでの決着をつけるときがきたようだ」


 様々な技の組み合わせとランダム得点の緊急クエスト。ダメージ補正の下限値を底上げする特殊能力の効果「威力下限補正」の合計倍率を自動演算してくれる我が鉄槌の名はエクスキャリバー(けん玉)。


 戦略性が高くルールは複雑だったが、やることは単なる剣玉である。三人で戦うチームバトルが熱いのだ。


 まあ、早い話が多彩な技名や得点方式があるのだが、けん玉が上手ければ勝つ。つまり普通に勝つのだ。バトルシーンは、けん玉の多彩な技を順番にやるだけなので以下省略する。


 スピーカー内蔵のオリジナルカスタムされた光り輝く我が愛刀(けん玉)からパンク風のテーマ曲が響くと、周りにタムロしていた洒落た女たちから歓声があがった。


「よう、嬢ちゃんたち。今夜はこのエクスキャリバーが火を吹くぜ!」

「……」

「……」


 曲がうるさくて聞こえなかったようだ。いちどオフにしておこう。


「金城くん」柴崎彩子はグラスを持ちあげて言った。「スクリューは一杯じゃ意味がないのよ。何杯か回転させなきゃ飲めるっていえないのよ」


「そんなの、知ってる。よこせ」本当は酒のことなど一切知らん。後でスクリューが何なのかググらねば。


 要領を得ない新米のバーテンにスクリュードライバーを追加でふたつ並べて貰った。僕はまたパンク風ミュージックを奏でながら、グイグイと一気に飲み干してやった。


「ふふふ、みろ。スクリューは合計四杯だ。左右でふたつずつ、奥義も玉も超光速で回してやるぜ。ヒュウー!」

「……」

「……」


 エクスキャリバーからの音楽でまた言葉が掻き消されてしまったようだ。すこし音量を絞ろう。

 

「あ、ああ、紹介するわ」柴崎彩子は背後にたつ同僚らしきスーツ姿の女性二人を指さした。「中岡先輩と、親友の安永さん。元けん玉部員よ」


「は、ははっ、はじめまして。柴崎さんの宿敵の金城蒼汰と申します。僕も一緒に来たメンバーを紹介します」


 僕は同行して貰った四谷夫婦を紹介した。ふたりとも還暦を過ぎてはいるが、剣玉の腕は衰えていない。


「こんばんは」「こんばんわ」

「こんばんわ」「宜しくお願いします」


「四谷さん、気を抜かないでくださいね。柴崎彩子は、勝つためには師匠が死んだと平気で嘘をつく女です」


 少しボケていないか不安はあるが、全国トップレベルの偉大なる四谷夫婦。別名は〈狂気の殺戮処刑人〉だ。


「何をいっちょる。儂らは夫婦じゃから、どんなこと言われても動揺なんかせんわ。年の功もあるしのぉ」


        ※


 一回戦、中岡先輩と四谷爺さん。けん先を下、小皿を手前にしてけん先をつまむように持つ、ロウソク持ちスタイルはまるで死の宣告を告げる悪魔のようだった。


「あの人が彩子を追っかけまわしてる金城さんですね」けん玉バトルをしながら中岡さんは爺さんにいった。「思ったよりキモい感じだわ」


「やっぱり若い女子から見たらキモいかのぉ。根は良い子なんじゃが」


「彼女いないでしょ?」

「居るわけないじゃろ。友人だっておらんから、儂らが駆り出されとる」


「あら、四谷さんも被害者なのね」

「まあ儂らは、夫婦で楽しんでおる」


「本当は彼と付き合いたくないんじゃないですか。優しいな、四谷さん」

「金城くんは、いつも何を言っておるか分からないが、笑うと喜んでくれるから、儂らは好きじゃぞ」


「ふうん。彩子からは試合を申し込まれて、負けたら結婚を申し込まれるって聞いてます。だから逃げてたのに」


「そうじゃったか」四谷爺さんは深く溜め息をついた。


「確かにキモいかもしれんの。あれは金城くんが6歳の頃だったか。父親が出て行った後、母親が寂しくないように小さなけん玉を彼に与えた。そのけん玉にはデタラメな設定が盛り込まれており、極めれば異世界から父親が帰ってくると、そう彼は信じておった」


「冗談よね?」


「まあ、そうかもしれんな。じゃがな、悪いが勝たせてもらうぞい。見よ、奥義、異世界一周ギャラクシートレインじゃ!」

「きやっ――やるわねぇ」


        ※


 2回戦は四谷夫人対安永さん。

「安永さんね、今日は蒼ちゃんのために頑張りますわよっ!」

「こっちも負けませんよ」


 四谷夫人は柴崎彩子の親友と会話を始めた。婆さんからすれば相手は赤子同然。動揺させるのはお手の物だ。この勝負は貰ったと確信していた。


「彩子さんから聞いてるかしら」四谷夫人がいった。「彼女、金城くんの試合から逃げていたわね、ずっと」


「え、ええ。親友なんで多少は聞いてます」安永さんは手元のけん玉に集中しながら話した。「一度もデートしてないのに、結婚プロポーズなんて、どうかしてますよね。手も握ってないしキスもしてないのに」


「そうだったのね」四谷婆さんは耳を疑った。「だから彼女の休憩時間を聞いていたのかしら。まあキスは出来ないと思うけど」


「愛してもいないのに、ずっと一緒にいるなんて、かえって残酷じゃありませんか。趣味はあうかもしれませんけど」

「そ、そうかしら?!」


「遊びで人生の伴侶は決められませんよね、普通に考えて」


「わ、私は」夫人は爺さんを見て口を抑えた。「わた、私は――」

「彩子さんも彼とは会いたく無かったと思いますよ。ああやって周りの人まで巻き込んで敵視して、ずっと傷付けてきたし。私もずっと彼の悪口いってるから。あっは、いまの内緒ですよ」


「いいえ――本当に残酷なのは、私かもしれないわ」四谷婆さんは、突然けん玉を落とした。「趣味があって、楽しいだけじゃ駄目なのかしら?」


「当たり前ですよ」安永さんは慌てたように応えた。「だって、そこに本当の愛がなくちゃ、ただの遊びと変わらないじゃないですか?」


「うっく、ふうっ」それだけいうと四谷婆さんは、涙を流しながら駆け寄る爺さんを跳ね除け、会場から出ていってしまった。


「……」

「……」


 僕と四谷爺さんは目を合わせた。まさか、あの婆さんが動揺して出ていくとは。「何を言ったのだ。柴崎彩子の親友、おそるべしっ!!」


「すまんが金城くん。儂は婆さんを追わせてもらうよ」僕は真っ直ぐに頷いた。

「行ってください。この勝敗は、僕がつけます。貴方は婆さんに温かいお茶をいれて癒やしてください」


 一対一。ついに決勝を迎えたのは、この僕と柴崎彩子の直接対決だ。僕は彼女の深く潤んだ瞳に吸い込まれそうになっていた。


「!!」だが景色はぐるりとまわり、目の前には床に落ちたエクスキャリバーと煙草の吸い殻が見えた。


「ふああっ、僕にもお茶をください。目の前がぐらぐらするよぉ〜」


「優勝は柴崎彩子さんのチームです。決まり手は、これでいいのかな、奥義スクリュードライバー!」


 バーテンダーの声と観客の拍手が聞こえた。僕は……吐きそうだ。なんて卑劣な手を使うのだ。


柴崎彩子あちゃこめええええーーーっ!! おえええーーっぷっ」

「あはははは、9連敗おめでとう!」

 


        続く


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