君の姿に魅せられて。
早緑いろは
君の姿に魅せられて。
わたしは人目見て、彼女に釘付けになった。いかにも「女の子」という見た目に反して、どこか泥くさい戦い方が、眩しく思えたのだ。
黒くて大きな瞳は、まるで少女漫画のヒロインのよう。スラリとしたスタイルに、つややかな肌は見ていてため息がこぼれる。
テレビで見るだけでは飽き足らず、とうとう彼女が立つ舞台まで足を運んだ。あんなに人がいるのに、日本の人口のほんの一部だと考えると、不思議な気分だった。しかし国内ならまだ何とかなるが、もしかしたらいつか海外に行くかもしれない。その時のために頑張ろうと思ったら、自然と仕事にも身が入った。
「あっ可愛い!」
昼休憩のとき、気合を入れるべく彼女の写真を眺めていたら、同僚から声をかけられた。頭にポンポンしてるから、目立ってすぐわかるんですよね、と同僚もファンだとその時知った。初めて彼女について人と語った。マイナーな存在かも、と思っていたので意外だった。同僚いわく、見た目が可愛いし大きいところに出るから知ってる人は多いらしい。
SNSに興味はなかったが、同僚に存在を教えて貰ったので、フォローすべくアカウント登録した。素顔の写真が多く眼福である。
「アイドルが好きな人って、こんな感じなのかな」
「アイドル?」
「だって、推し活してる人って、みんな元気でしょ。わたしも、あの子に元気もらってる。
そう言われて、ストン、と胸落ちした。ひたむきな姿に勇気を貰っている。それは確かに、崇拝に近いのかもしれない。
改めて、彼女の過去の映像を見た。颯爽と駆け抜ける姿が、神々しく思えた。神の使い、と思った。名前は妖精を意味するし、写真で見れば可愛い女の子なのに。
アイドル。薄っぺらい言葉に思えて、彼女を示す言葉にふさわしくないと避けていた。だが、言われたらこれほどふさわしい言葉もあるまい。
彼女のその姿に、人は自分を重ね、勇気や希望を貰い、応援したくなるのだ。それをアイドルと言わず、なんというのか。
推し活、という言葉を当てはめると、益々頑張らねば、と身が入った。ふと、彼女に手紙を送ってもいいのだろうか、と思いついた。読んで貰える訳では無いが、一応問題ないかだけ確認する。既に別のファンが送っていたようで、SNSにお礼のメッセージが、手紙と添えられていたというお守りの写真と一緒にアップされていた。
お守りを送る、という発想がなかったので、参考になった。早速近所の神社にお参りし、お守りを拝受した。迷った末に、健康祈願と必勝祈願のふたつにした。
その足で、学生時代以来に文房具店に行き、レターセットとペンを買った。レターセットは、雪の妖精という異名を持つ、シマエナガをあしらったものを選んだ。彼女の容姿や名前にひっかけたのだ。
帰宅し、手紙のマナーをスマートフォンで調べながら、下手くそな字で唸りながら、何とか仕上げた。大きめの封筒に封をした手紙とお守りを入れ、郵便局の窓口で出した。念の為に、書留で送るためである。
数日後、追跡で無事届いたことを確認し、私は出社した。午前中必死で仕事をこなし、昼休憩で一息つくためSNSを立ち上げた。そこで真っ先に目に飛び込んだ投稿を見て、悶絶した。
『ファンの方から心温まるお手紙と、お守りをいただきました。いつも応援ありがとうございます。ステラフェアリーは今週末、秋華賞に出走予定です。まずは無事に!』
素顔の彼女と、隣でわたしが送ったお守りを掲げる厩務員の写真と共に挙げられた投稿。甘えん坊なのか、厩務員に顔を寄せている動画も一緒にあった。
こちらを向いた写真は、可愛いと言うより凛々しいと思えた。額にある、稲妻のような模様のせいだろうか。
よし。日曜日は京都に行かなくちゃ。わたしは己を奮い立たせ、可愛い妖精のために気合を入れた。
君の姿に魅せられて。 早緑いろは @iroha_samidori
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