夜の蝶

ムラサキハルカ

夜間飛行

 羽ばたきの際にチラつく光は鱗粉だろうか?

 凍てついた冬の夜。街灯の下でひらひらと舞うのは羽の生えた小さな少女が一人(一羽? 一匹?)。同じところを回っているような、あるいは微妙に違うような、そんな進路を辿り、飽きる様子もなく飛行を続ける。


 これが本当の夜間飛行か。有名文学作品の題を頭に浮かべつつ、ベンチに座りながら眺める。夜の公園。少女が飛ぶのを見るのは、ブランコに座っている俺しかいない。彼女はこちらに気付いているのかいないのか、光を受けた羽で自由自在に飛び回る。街灯から離れる気配はない。なのでパックの日本酒を吸いあげ、鑑賞と洒落こむ。


 それにしてもいつからここにいるんだっけか。よく思い出せない。疲れ果てた帰り道の途中、休憩がてらに公園のブランコに座りこんだら、なにかキラキラしたものが目の端にチラついた。そしたら、羽の生えた少女がいたんだ。


 わけがわからないし、ぶっちゃけわかる気もしないが、綺麗だからいっか、みたいな気持ちになってる。そうやってぼんやりと眺めている間も、向こうは忙しない飛行を続けていた。




 ふと、目が合った。今までこっちに関心がないように振舞っていた少女の眼差し。どこかでおぼえがあった。そのどこか幼げな顔立ちも知っている気がする。


 あれは、誰だったか。たしか……学生だった時の彼女か。まあまあ、上手くいってたんだよなぁ。柄にもなくウキウキして、付き合ってた頃は毎日毎日が楽しかった。そうそう。そういう顔。俺を子供みたいに見る笑顔。ちょっとだけ腹が立ってたんだけど、どこか憎めなかったんだよなぁ。君とは、どうなったんだっけ? ……思い出せないなぁ。思い出せないってことは思い出せないことなんだろうな、うん。




 彼女の顔をした少女の後ろに重なるようにして、新たなは羽の生えた人の姿。今度は……男か。こっちも見覚えがあるぞ。たしか……幼馴染のあいつか。ガキの頃なんかはいっつもいっつも二人で駆け回ってた。そうそう、こんな風に、だいたいお前の方が前を走ってたよな。羽が生えて、飛ぶようになってもそこんとこは変わらねぇんだな。しょっちゅう殴り合ったし、絶交なんて言葉も軽く使ったりしたけど、最後はいつもどっちかが折れて仲直りもした。酒も一緒に……は飲んでない気がするな。なんでだろうな。お前とだったら飲みたいと思うのに、飲んでない。飲めたら……いいのになぁ。



 そんな幼馴染の下から現れた、新たな羽の生えた女の子は、彼女の顔をしたやつよりも幼い顔立ちをしていた。知っている。妹だ。いつも俺の後ろをついて回ってた。しょっちゅう癇癪を起したり愚図ったりするけど、お菓子を一緒に食べている時の笑顔は可愛くて可愛くて。普段押しつけられているお兄ちゃんなんだからなんて言葉に感じてたムカつきも晴れていって、報われた気がしたもんだ。これからも笑っていて欲しいって心から思った。……その割には、笑い合った思い出が少ない気がするな。頭の中に浮かぶ妹の笑顔の数には、正直物足りなさを感じもする。なんでだろうな? さっぱりわからん。とにかく、寂しいけど、こうして元気に飛んでいてくれるなら、一安心ってもんだ。



 それからも羽の生えた小さな人たちは数を増やしていく。みんなみんな、知ってる顔だった。爺ちゃん、担任の先生、大学の先輩、良くしてもらった上司……。色々なやつが飛び回って、街灯の下は羽の生えた人たちでいっぱいになっていく。安酒をチビチビ飲みながら、俺のいつになくいい気分になった。


 唐突に妹が街灯から距離をとったかと思うと、こちらに笑いかけてから闇の中へと身を晦ましていく。その動きに誘われるようにして、一人、また一人と同じように影へと姿を消していく。そうか……宴も終わりか。さびしさをおぼえつつ、勢いよく残りの酒を飲み干してから、立ちあがる。


 いつの間にか、目の前には羽の生えた小さな少女の姿。学生時代の彼女の顔をした、最初からいたやつだ。彼女はその場に浮きとどまりながら、ゆっくりと手を差しだしてくる。躊躇いなくその手を握り返した。


 


 気が付けば、夜空を二人で飛んでいた。俺の体もまた彼女と同じくらいの大きさになっている。きっと背中には羽が生えてるんだろう。


 微笑みかけてくる彼女は、やっぱり保護者じみていて、とてもとても……安心する。もう、きっとずっと一緒なんだろうな。そう思いながら、星々へと向かって飛んでいく。引き返すことはないだろうけど、もう怖くはなかった。


 行きつくところはみんないっしょ。だから、怖くないんだ。




 


 


 






 


 


 

 

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