アイドルの怪物
JASピヲン
アイドルは私の星
森の奥……闇に包まれた木々の間で、彼女は初めて人間の……アイドルというものの歌声を耳にした。
誰かが落としていったであろう、木の根元に謎の板が埃と土に覆われ鎮座していた。
土埃にまみれた、謎の板のガラスの表面を撫でると、突如謎の板は光を放ちながら大音量を響かせた。
そこから流れる映像が、音楽が、森の静寂を切り裂いた。
透き通った声が森に響き、キラキラしたメロディーが木々の間を跳ね回り、綺羅びやかな衣装に身を包み楽しそうに歌う声が彼女の心を震わせた。
彼女は怪物だった。
黒い塊と触手でできた身体………怪物。
人間から見れば得体の知れない「気味の悪い影」と呼ばれ、石を投げられ逃げられてきた存在だ。
森の奥でひっそりと生き、人間に近づくことはなかった。
触手が土を這い、木の幹に絡み、孤独が彼女を包んでいた。
夜になると星空を見上げ、触手が風に揺れた。あの歌声を聞いた瞬間、彼女の心に光が差した。
触手が震え何か熱いものが胸に広がった。
初めての感覚に彼女は触手をぎゅっと握った。触手が土に沈み、彼女はその場に立ち尽くした。
(あの歌…私も歌いたい……あんな風にキラキラ輝きたい!)
彼女は森を出て触手を這わせ、彼女が向かったのは街のゴミ捨て場。
そこには捨てられた服や布が散乱していた。
破れたシャツ、ほつれたスカート、色褪せた布切れ……そして、動物の皮。
触手でそれらを拾い集め器用に縫い合わせた。何日もかけて試行錯誤して『人間の皮』を作る。
最初はボロボロで風が吹けば崩れそうだった。材料が足りず継ぎはぎだらけで、触手が少し覗いた。
それでも諦めず、何度も何度もやり直した。
布を重ね、糸を結び形を整えた。
夜になると星明かりの下で作業し、触手が冷たい土に触れた。
指先の感覚はないが、触手で布の感触を確かめた。
糸が切れ、布が裂けても触手で丁寧に縫った。
ある日、川に映る自分の姿を見て初めて笑ってみた。
触手が疼き皮がピクッと動いたが、来未は気にせず呟いた。
(これなら…人間に見えるよね?)
触手が疼いても、皮の下に隠せばいい。
彼女は「
森を出る時、振り返り星空に別れを告げた。
触手が最後に木に触れ、来未は歩き出した。
初めてのオーディションの日、来未は震えながらステージに立った。
会場は小さなホールで観客席にはスタッフが数人座っていた。
古びた木の床が軋み、埃っぽい空気が鼻を刺した。
薄暗い照明が来未を照らし、ざわめきが響いた。
触手が疼き、皮の縫い目が緩んだ。
汗が滴り声が震えた。
スタッフがざわつき、「何だあの声?」と囁き合った。
来未は目を閉じ、森で聞いた歌を思い出しながら歌った。
喉が締まり、手が震え、触手が皮を押しそうになった。
声が途切れそうになり膝が震え、息が詰まり、頭がクラクラした。
それでも最後まで歌い切った。
歌い終わると静寂が訪れ、来未は落ちたと思った。
だが、審査員の一人が立ち上がり目を輝かせた。
「君には、人を惹きつける何かがある。
そう、まるで星みたいに輝いてる!」
来未は信じられなかった。
合格の通知が届きデビューが決まった時、嬉しくて少しだけ皮から触手が覗きそうになり慌てて押さえた。
触手が震え、来未は涙をこらえた。
(怪物でも…アイドルになれるんだ!)
その日から、来未の人生は変わった。
レッスンに明け暮れ、ダンスを覚え歌を磨いた。
レッスン場で鏡を見ながらステップを踏み、汗を拭った。
足が痛み、筋肉が悲鳴を上げた。
触手が疼くたび、皮を縫い直した。
スタッフに怪しまれそうになると笑顔で誤魔化した。
怪物である事は誰にも言えない、誰にもバレてはいけない。
アイドルになる夢だけが、来未を突き動かしていた。
レッスンの合間に窓から見える星空を眺めた。あの森で聞いた歌が、来未の心に響き続けていた。
夜遅くまで練習し、足が震えても休まなかった。
来未は自分の声に自信がなかったが、審査員の言葉を信じた。
初めてのレコーディングでは、マイクの前で何度も失敗し、その度スタッフに謝った。
それでも諦めなかった。
触手が疼くたび皮を押さえ笑顔を作った。
レッスン場の床に座り、汗と涙を拭った。
触手が床に触れ、冷たさが伝わった。
デビューから1年
ステージの照明が眩しすぎて、来未は目を細める。
地方のホール、小さなライブハウス、そして大きなアリーナ。
どこでもファンが待っていた。
初めての地方公演では、小さなホールのステージで緊張しながら歌った。
観客が数十人しかいない日もあった。
席が半分以上空き、拍手もまばらだった。
緊張で声が震え、手が汗で濡れる、それでも来未は笑顔で歌った。
ファンが増え、ホールが埋まり、歌う場所もアリーナへと変わった。
公演ごとに声援が大きくなり、来未の名前を叫ぶ声もより大きなものになっていった。
ファンからの手紙が届き、楽屋に花が飾られた。
来未は手紙を読み、涙がこぼれた。
花の香りに包まれ触手が少し落ち着いた。
来未は花に触れ、手紙を胸に抱いた。
「可愛いー!こっち向いてー!」
「くるみちゃーん!愛してるよー!」
観客の叫び声が耳をつんざく。
汗が額を伝い、虹色の衣装が肌に張り付く。
来未は笑顔を貼り付けたまま、マイクを握り直した。
「みんな、今日も会えてキラキラ嬉しいよ!」
歓声が膨れ上がり、ペンライトの光が揺れた。来未は、それを浴びながら内心で呟く。
(この愛が…私の夢を叶えてくれる!)
「来未、笑顔をキープね!」
マネージャーの佐藤の声がイヤホン越しに響く。
来未は頬を吊り上げ手を振る。
観客は狂喜しペンライトを振る。
皮の下で触手が疼いた。
縫い目が緩み、首筋がピクッと動いた。
来未は笑顔のまま、誤魔化す様に軽く手を挙げる。
ステージの熱気で汗が流れ衣装が重くなった。触手が疼くたび、心臓が跳ねた。
地方公演の移動バスで窓の外を見ながら触手を押さえた。
眠れぬ夜、ホテルの部屋で皮を縫い直した。
バスの中では揺れに耐えながら糸を通し、ホテルの薄暗い照明の下で針を握る。
指が震え、糸が切れた。
針が布を突き破り、触手が疼いた。
来未は触手を押さえ、深呼吸した……。
(この皮、いつまで持つかな…)
来未は少し不安になる。
怪物である来未にとって『
しかし、触手は彼女の本能を抑えきれず疼く瞬間があった。
楽屋に戻ると、来未は鏡の前に座った。
そこには完璧なアイドルの顔が映る。
長い髪、大きな瞳、愛らしい笑顔。
しかし、首筋の縫い目が緩んでいた。
触手がチラッと覗き、来未は慌てて押さえ糸と針を取り出した。
指先が震え、針が何度も滑った。
糸が絡まり、縫い目が歪んだ。
それでも来未は丁寧に縫い直した。
針を刺すたび、触手が疼き痛みが走った。
汗が目に入り、涙がこぼれた。
鏡に映る顔が揺れ触手が縫い目を押し広げた。来未は鏡を叩き、触手を押さえた。
鏡に触れ冷たい感触が触手に伝わった。
来未は鏡に額を押し付け、涙を流した。
(隠さなきゃ…アイドルでいたいから…)
ドアをノックして、マネージャーの佐藤が入ってきた。
「来未、明日が最終公演だ。ファン達もめっちゃ楽しみにしてるよ。準備は万端か?」
「うん、もちろんだよ!最っ高のステージにするね!」
来未は、ありったけの笑顔を作ってみせた。
佐藤は満足げに頷き、部屋を出て行った。
来未は鏡に映る自分を見つめた。
(怪物でも輝きたい。アイドルは私の星だ!)
だが、心の奥で別の声が囁く。
(森で触手を伸ばしていた頃、あの時の自由…あれも私だったよね?)
毎晩、皮を縫い直す手が震えた。
ファンの愛は温かいが『怪物である自分』を隠す重さが、来未を疲れさせていた。
ステージで笑顔を作るたび、心のどこかで
『本当の私を見せたい』と叫んでいた。
来未は目を閉じ、森の星空を思い出した。
あの時、触手が風に揺れ自由だった。
誰もいない森で、来未は自分自身を感じていた。
アイドルでいる幸せと、怪物としての本能が心の中でぶつかり合っていた。
移動中のバスで、窓に映る自分の顔を見た。
触手が疼き、皮が緩んだ。
来未は窓に触れ、冷たいガラスに触手を押し付けた。
触手がガラスに滑り心が締め付けられた。
……ある夜、来未は部屋で皮を縫いながら泣いていた。
涙が糸に落ち、触手が疼いた。
部屋の静寂が重く、来未の嗚咽だけが響いた。鏡に映る顔が歪み、触手が縫い目を押し広げた。
来未は糸を握り潰し、針を床に落とした。
床に転がる針を見つめ、来未は立ち上がると触手を揺らして鏡に近づいた。
鏡に映る自分を見つめ、触手を伸ばした。
触手が鏡に触れると冷たさが伝わった。
来未は鏡に額を押し付け、涙を流した。
(私はなに?アイドル?怪物?どっちが本当の私なの?)
答えは出なかった。
でも、来未はある事を決心する。
最終公演で、自分を試そうと。
鏡に映る顔に触れ、来未は呟いた。
「隠すのをやめよう……。」
(怪物でも、私の歌を届けたい……。)
最終公演の日、ドームには5万人の観客が来未を待っていた。
巨大なドームの天井が星空のように見え、来未はステージに立った。
ファンの歓声が響き渡る。
会場は熱気に包まれ、ペンライトが海のように揺れた。
来未は虹色の衣装をまといマイクを握った。
汗が流れ、照明が眩しい。
最初の曲を歌い、観客が手を振った。
来未は笑顔で声援に応え、ステップを踏んだ。
歓声が響き、来未の名前が叫ばれた。
来未は観客を見渡し、満面の笑顔を浮かべた。
触手が疼き、心が震えた。
「くるみちゃん、最高!」
「ずっと応援するよ!」
愛情が来未を包む。
皮は安定している…だけど、心が揺れた。
(私こんなにも愛されてる…でも、私は怪物だ。)
触手が疼き皮の縫い目が緩む。
来未は森で星を見上げた夜を思い出していた。
触手が自由に伸びていた喜びを……。
あの時、私は『気味悪い影』ではなく、自分自身だった。
アイドルでいることは夢だが『怪物である自分』を否定している気がした。
「来未、大丈夫?」
イヤホンから佐藤の声が聞こえる。
来未は笑顔で頷いた。
観客は気付かない。
触手が疼き皮がピクピク動く。
来未はステージで歌いながら葛藤した。
(アイドルでいたい!……だけど怪物でいるのも私だ。)
触手が疼き、縫い目がさらに緩んだ。
首筋から触手の先が覗き、来未は慌てて髪で隠した。
観客はまだ気付いていない。
だが、来未の心はもう限界だった。
隠す事に疲れていた。
ステージの照明が眩しく、汗が目に入った。
来未は歌いながら触手を抑える力を緩めた。
公演が進み、来未は最後の曲を歌い終えた。
観客が拍手し、アンコールを叫んだ。
触手が震え、心が締め付けられた。
来未は覚悟を決める。
(隠すのをやめよう。怪物でも、私の歌を届けるんだ!)
来未は舞台袖に下がると佐藤が近づいてきた。
「来未、アンコールの準備できてるか?」
「うん…ちょっと待って」
来未は深呼吸した。
触手が疼く。
皮が破れそうになる。
来未は呟いた。
「怪物でも、私の星を輝かせたい。」
佐藤が怪訝な顔をした。
「お前何か変だぞ、大丈夫か?顔色悪いぞ。」
来未は、首を振り笑顔を作る。
「大丈夫だよ。最高のアンコールにするから!」
佐藤は頷き、その場を離れる。
来未はステージに戻る準備をした。
触手が疼き、心が震える……。
来未は決意を固めた!
触手を抑える力を緩め、皮を握った。
舞台袖の暗闇で、来未は目を閉じた。
森の風を思い出し、触手が自由に動く感覚を呼び戻した。
心臓が激しく打ち、息が乱れた。
触手が皮を押し縫い目が裂けた。
来未は触手を握り、心を落ち着けた。
アンコール
来未はセンターステージに立った。
「みんなー!最後まで応援してね!」
歓声がドームを揺らす。
来未は歌いながら、皮を脱ぎ捨てた。
触手が溢れ出し、ステージを覆う。
黒い影が照明を揺らし、観客席が凍りつき悲鳴が上がった。
「何だあれは!?」
「化け物だ!」
野次が飛び交う。
「気持ち悪い!」「帰れ!」と叫ぶ声が響き、ペンライトが揺れる。
悲鳴を上げて出口へ向かう人が出た。
来未の心が締め付けられた。
恐怖の目、拒絶の声が胸を刺した。
観客席が騒然とし、スタッフが慌てて動き始めた。
出口に人が殺到し、叫び声が響く。
来未の触手が震え、心が折れそうになった。
それでも、来未は歌をやめなかった。
触手が震え、涙がこぼれた。
来未は触手を握り、声を張り上げた。
「これが本当の私だよ……怪物でも、私は歌いたい!」
触手を伸ばし、ペンライトの光を絡め取った。触手が振動し低い音を奏でた。
それは怪物らしい不思議なハーモニーだった。来未の声と混ざりドームに響き渡る。
その瞬間、観客の動きが止まった。
悲鳴が減り、ざわめきが広がった。
触手がステージを這い、光を反射した。
来未は瞳を閉じ、歌い続けた。
触手が天井まで伸び、光を反射する。
「やめろ、化け物!」
「気持ち悪い!」
野次が続く。
それでも来未は、折れそうになる心を奮い立たせ歌い続ける。
触手の振動する音が、まるで星空が広がる様に来未の歌が恐怖を包み込み、野次を掻き消した。
ミオは森の記憶を込めた。
自由に触手を伸ばしたあの夜の喜びを、歌に乗せた。
声が震え、涙がこぼれた。
喉が枯れ息が上がった。
それでも来未は歌い続けた。
触手が揺れ、音が響く。
触手が観客席に伸び、ペンライトに触れた瞬間、光を反射しドームが輝いた。
やがて、一人のファンが呟いた。
「……すごい。」
別の声が続く。
「これが……来未ちゃんの本当の歌なの?」
野次が減り、拍手がポツポツと鳴り始めた。
触手が織りなす光と音が観客の心を揺らした。来未は涙を流しながら歌った。
「私の歌……届いて…!」
触手が観客席に伸び、ペンライトを優しく包む。
音が共鳴し、ドームが星の輝きで満たされた。観客が立ち上がり、拍手が大きくなる。
一人がペンライトを振ると他も続いた。
光が揺れ、声援が響いた。
「来未ちゃん、かっこいい!」
「怪物でも関係ない!俺は応援するよ!」
声援が広がり、拍手がドームを埋めた。
来未は笑顔になり歌い続けた。
触手が光を反射し星空が輝いた。
歌が終わりを迎え、来未は目を閉じた。
触手が静かに縮んだ。
来未は触手を握り心が軽くなった。
「ありがとう、みんな…こんな私を……受け入れてくれて。」
観客は総立ちで拍手した。
来未の触手が最後に光を放ち星空に手を振った。
来未は笑った。
怪物としての自分を、アイドルとしての夢を、初めて一つにできた瞬間だった。
鳴り止まやない拍手に見送られながら、来未はステージを降りた。
触手が揺れ、心が軽くなった。
楽屋に戻り、来未は鏡を見た。
初めて自分を受け入れられた。
(私は私のままで良いんだ!)
来未は瞳を閉じ森の星空で、あの時聞いた
アイドルの歌を思い出し笑顔を浮かべた。
「あの時感じた心の震えは間違いじゃなかった……。これがアイドルの…私の星なんだ!」
アイドルの怪物 JASピヲン @piwon
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