【PV 165 回 】23時のカクテル Bar で 紡ぐ、大人の物語
Algo Lighter アルゴライター
1杯目 マティーニの魔法
カラン――。氷がグラスの内側を転がる音が、静かなバーに響いた。
23時を過ぎた「Nocturne」は、都会の喧騒から切り離されたような場所になる。木のカウンターは磨き込まれ、ほの暗い照明がグラスの縁を淡く照らす。
成瀬綾は、いつものようにカウンターの奥の席に座り、細い指先でグラスの縁をなぞった。
「今夜は何にする?」
バーテンダーの西崎が、グラスを拭きながら尋ねる。
「マティーニを」
「お、渋いね。ドライ派?」
「ええ。でも、少しだけ違う味を試したい気分」
「じゃあ、タンカレーで作ろうか。ドライだけど、ハーブの香りが立つからね」
棚から取り出したボトルが、カウンターの灯りを受けて鈍く光る。冷やしたミキシンググラスに氷を入れ、無駄のない動作でジンとドライベルモットを注ぐ。
バースプーンが氷をすり抜けるように回る音が、静寂を満たしていく。
「マティーニはね、比率で表情が変わる。ドライならベルモットを控えめに。ほんのり甘みを足すなら、少し多めにする」
「そんなに繊細なのね」
「昔はベルモットをほんの一滴、なんて言われてたけど、最近はバランスが大事。あとは、レモンピールを添えるか、オリーブにするかで味わいが変わるよ」
グラスに注がれた透明な液体。表面に、レモンの皮を軽くひねり、香りをまとわせる。
「どうぞ。あなたのマティーニ」
グラスを持ち上げ、そっと口に運ぶ。
ひんやりと冷たく、凛としたドライな味わい。その奥に広がる、ほのかなハーブの香り。喉を滑り落ちるころには、体の奥まで静寂が満ちていくようだった。
「……いいわね、こういうの」
「だろ? マティーニは、大人の余裕をくれるカクテルだから」
グラスの中の液体が、かすかに揺れる。綾は深く息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
今夜のマティーニは、ほんの少しだけ、明日の自分を支えてくれる気がする。
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