第12話「深淵のラボラトリ」

深夜の明石町ナイト・ケアセンター。

職員が交代する静寂の時、玲司はカードキーを握りしめ、無人の廊下を歩いていた。


志摩から渡されたカードが示す扉は、地下フロアのさらに下……普段は封鎖されている保守用エレベーターの奥にあった。


無骨な金属製のドアが、電子音と共に開く。

そこは、あまりにも無機質な空間だった。


白い光、滑らかな床、冷気のような空気。

まるで、病院というより研究所……否、「隔離区画」そのもの。


「お待ちしていました、志村玲司さん」


聞き慣れた声が、通路の奥から響いた。

スーツ姿の志摩が、端末を操作しながら微笑む。


「ようこそ、“選ばれし者”の部屋へ」


玲司は皮肉交じりに言い返す。


「選ばれた覚えはない。俺はただ、紗世を守りたいだけだ」


志摩は頷いた。「その気持ちも計算に入っています。感情は、行動の最も純粋な動機ですから」


案内された先にあったのは、シースルーガラスで仕切られた幾つもの観察室。

中では、血液検査、反応実験、精神測定が行われていた。

そのどれもが、かつてのCRV-23ワクチン被接種者による“異常進化”の症例データであり、そこには玲司の知るNeoSerumの姿はなかった。


志摩は一枚のホログラフを提示する。

そこに映されたのは……志村貴之博士の遺した最終ログだった。


【NeoSerum開発記録・第29ログ】

“ウイルスの抑制は成功した。しかし、それは抑制ではなく、“置換”だった。”

“ウイルスの殻を破壊し、自己再構築を促すことで、人の免疫と共生する新たな存在を創った。”

“それは人類の進化か、それとも……?”


玲司は目を見開いた。


「まさか、叔父さんは……それを“知ってて”?」


志摩はゆっくりと頷いた。


「彼は、最後まで“希望”を捨てませんでした。人が進化を受け入れることを。だが、同時に“進化を受け入れない人々”がそれを排除し始めることも、想定していました」


「それって……?」


「この施設が設けられた理由です。選別のための、静かな処刑場でもある」


玲司の中で、怒りと恐怖と、何より“信じたものへの裏切り”が渦巻いた。


「紗世も……その“選別対象”だって言うのか?」


「違います。彼女は“サンプル”ではなく、“鍵”なのです」


志摩はガラス越しに、ひとつの観察室を指差す。

そこにいたのは……紗世と酷似した少女。


だが、その目は、あの夜の紗世と同じ、“光を失わぬまなざし”を宿していた。


「……誰だ、あれは……」


「“過去に失敗した、もう一人のサヨ”です」


玲司の背筋を、何か冷たいものが走った。


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