第四十二話 『希望に繋ぐ絆』

『さぁ、これよりそれぞれの試験突破チーム同士による試験が開始します!』


1回生の試験が終わり、それから半日後に全学年の優勝者による最終試験が開始された。

この試験では拠点獲得で勝利は決まらない。

最後まで勝ち残ったチームが優勝という至ってシンプルで分かり易いルールになっている。

だから、原作でもいきなり白熱の展開が繰り広げられる。



「それじゃ皆んな作戦通りに頼んだ」


フェン達とそんな会話をしたニグラスは一人、ある場所に訪れる。

其処には一人の…勇王騎士団の鎧とローブを身に纏った女騎士が待ち構えていた。

女騎士は現れたニグラスを目視すると静かに腰に帯びた鞘から勇王国のエンブレムが刻まれた剣を抜く。


レメオダス・シュブーリナとニグラス・シュブーリナが対面する。

二人の持つ心情は決して交わらない。


「姉さん。会話は必要?」

「不要だ」


姉弟の会話はあまりにも短く淡々としていた。

それが2人にとって開戦の合図だった。

奇しくも、両者は全く同時のタイミングで勢いよく血を蹴った。

美しい碧き光と昏き黒き光。

各々が抱える"本質"に染まった剣線が上から下から、斜めに奔り交差する。



ーー同時刻。


テフェネト・ブバスティスが獲物ニグラスに向けて進軍を開始しようとした。

しかし、その進軍を阻もうとする3人の蛮勇が現れた。


「此処から先は通せませんわ」


現れたのは、滅びた狼人族の生き残りである金色の毛並みを有した女。

肩を振るわせ恐怖の感情を露わにしながらも覚悟を決めて立ち塞がる気品に満ちた女貴族。

そして、彼女と同じ躰を持ち誰よりも彼女の力を理解している獣人の女。

蛮勇か或いは勇猛か。


「ちょうどいい、退屈凌ぎにはな」


尚も、獣王は余裕な笑みを浮かべて無謀な挑戦者を歓迎する。


「始めから本気で行かせて貰いますわよ」


狼人の女が姿を変える。

金色の体毛と金色の瞳を持った美しくも完成された一匹の狼が顕現する。

金狼フェンリルは忌み嫌う己の姿を今だけは受け入れて天高らかに遠吠えする。

その遠吠えは対峙者を畏怖させ、同胞の勇気を刺激する。

そして金狼は我先に獣の王へと駆け出した。

その勇士と覚悟に感化された"薔薇姫"と"狂犬"は金狼に続く。

獣王おうじゃはその覚悟に敬意を表し己の率いる最強の群れと共に迎撃する。


金狼王フェンリル獣王おうじゃが真正面から対峙する。


一部族の頂点と全獣族の頂点による激突は凄まじく誰も割って入る事は叶わない。

金狼彼女は絶対的強者ゆえに誰よりも理解している。

獣王の圧倒的な強大さとその暴力的な力には敵わないと。

俊敏さで優っている自分が少しでも獣王の攻撃を受ければ間違いなく敗北すると。


薔薇姫と狂犬もまた、己の役目を全うする。

獣王の率いる最強の群れを足止め及び撃破の役割を担う。

決して誰一人として金狼の邪魔はさせまいとこの後の戦いなど気にする様子もなく全ての魔力と体力を使い切る。


全てはーー次に繋ぐ為に。


ーー



2回生筆頭。

『雷槍』アリトライ・ティミィ率いるチームの目の前には真紅に燃え盛る魔力を激らせたメゾルテが立ち塞がっていた。

アリトライとメゾルテがお互いに向き合う。


「久しぶりだな」

「そうだね…」


2人は元同級生。

一時期は同じ『A』クラスで筆頭の座を争って切磋琢磨してきた好敵手ライバルだった。

結局、どちらが強いのか分からぬまま。


「貴様と私、どちらが強いのか決着をつけようか」

「同感」


先に動いたのはアリトライ。

紫電が奔る稲妻を纏った十字槍をメゾルテの胸元目掛けて勢いよく突き上げる。

人並み外れた腕力で放たれた刺突はメゾルテの頬を僅かに掠める。

同時ーー伸び切った槍を目一杯に引く事で槍は鎌となり首裏を刈り取ろうと迫るが彼女はそれを紙一重で躱す。


「相変わらず厄介な槍だ」


今度はメゾルテが攻撃を仕掛ける。

短い呼気を合図に刃に焔を纏わせて斜め上から袈裟に一閃を繰り出す。

アリトライは握った槍を力任せに薙ぎ払い十字刃の一型の刃でそれを受け止める。

紫電がメゾルテの頬を掠めて鮮血が滴る。

残火がアリトライの服や髪を僅かに焼き払う。

2人は互いに顔を見合わせてニヤリと笑う。

己と同等の力を持つ好敵手を前に互いの闘争心にさらに火が着く。

距離を取り、再び攻防が始まる。


2人の争いは激化し周り全てを巻き込む。

巨大な火柱と稲妻が巻き起こり。

焔は火の鳥へ。

雷は雷竜へと姿を変えてぶつかり合う。

焔の斬撃と雷の刺突が交差する。

彼女達の側に居た者達は抵抗する術もなく淘汰される。

この後の闘いなどまるで関係ないと思わせるような全力の戦い。


「はぁ、はぁ…」


互いに息が切れる。

2人が激しい攻防を繰り返していた時間は10分にも満たないが本人達にとっては長く感じているだろう。

均衡した接戦の中で優勢に立っていたのはメゾルテだった。

このまま長引くのは互いにとって好ましくない。

次で決着を付ける。

奇しくも、二人の考えは一致していた。

2人は同時に魔力を爆発させる。

そして大地を大きく踏み込み、勢いよく駆け出す。


「「ッ!?」」


瞬間。

2人は勢いよく此方に迫ってくる恐ろしく強大な気配を感じ取り本能のままに後方に飛ぶ。

刹那ーー2人の間に巨大な隕石が飛来した。


否ーー"ソレ"は隕石のような巨躯を有した獣の王。

全身を覆う囂々しい体毛、鎧のような肉体。

恐ろしい眼孔と太い鉤爪。

正に、"獣"を支配する王たる風貌を魅せるソレはメゾルテ達にとってあまりにも大きすぎた。


「其処を…ドケ」


獣の様な荒々しさの中に僅かに残る理性と知性。

だが、その人の声をようやく保った一言。

ただそれだけで2人の身体は本能的に警鐘を鳴らしている。

逃げろ!と身体が命令している。

それ程までに強大で最強の存在と対峙しているのだと自覚するのに時間は要らなかった。


「フェンは、負けたのか…」

「嗚呼…そのお陰で部下は全滅さ」


獣王おうじゃの身体には無数の爪痕や茨が突き刺さっていた。

その傷の殆どは金狼王となったフェンリルが付けた傷痕なのだろう。

彼女は役目を果たした。

なら、私もまたその役目を果たすべきだ。

ふと、会場を見渡す。


「あと少し、か」


空高く広がる闇の気配。

仲間にだけ伝わる特別な合図。

メゾルテは覚悟を決めて獣王おうじゃの前に立つ。


「何の真似だ」


顔を訝しめ獣王おうじゃはそう言った。

返ってくる応えをしりながらも獣王おうじゃは言った。


「ここから先は通せんな。アリトライ!貴様との決着は後にしよう」


後などない。

そんなことは誰も彼もが理解している。


「なら私も加勢しようか」


「正気か貴様ら」


獣王おうじゃの問い掛けにメゾルテはこう答える。


「正気さ」

「いいだろう。かかって来い…お前達の全てを否定し蹂躙してやる」


メゾルテとアリトライは互いに覚悟を決めて最強へ立ち向かう。


ーー


「ニグラスッ!!」


鬼気迫る表情を見せ、雄叫びを上げながらレメオダスは刃を振り下ろす。

ニグラスはその刃を真っ向から受け止める。

彼女の背負う想いやニグラスに抱える怒りに嫉妬、そして僅かな迷いが太刀筋や表情から伝わってくる。

きっと彼女は誰よりも純粋でいて、真面目なのだ。

だから変わりつつあるニグラスや周りとどう向き合えば良いのか分からなくなってしまった。


「姉さん。終わらせよう」


準備は整っている。

もうこれ以上、レメオダスに付き合う必要はない。

だから最後は全てを受け止める。

刃が黒焔を纏う。

静かに剣を構える。

レメオダスもまた同じように己の剣に極光を纏う。

そして血を蹴り、剣を振り下ろす。


「ーー『極光閃』」


極光の斬撃と黒焔の刃が交差する。

瞬間ーー極光は光を失い、剣は根本からへし折れる。

だがレメオダスは止まる事なく折れた愛剣に別れを交わしもう片方の手で二本目の剣を抜き放とうとする。

ニグラスは彼女の腕と鎧の僅かな隙間を掴み前方に崩し、その身体を背中に担ぎ上げ、勢いよく肩口から彼女を投げる。

地面に叩きつけられた彼女の鎧は激しく損傷し大きく地面に沈む。


「がはっ!?」


吐血し、苦痛に顔を歪める。

身体が痙攣を起こし、上手く立ち上がる事が出来ない。


「くっそ…」

「僕の勝ちですね」

「いまのは、なんだ…」

「とっておきですよ。格上相手にも通じるとっておきの技だ」


まぁ、スパルダには初見で簡単に破られたのだが。

それでも"この世界"の人間にはほぼ確実に通用する技である事には間違いない。


「私はこれを本当の意味での負けとは認めんぞ」

「わかってますよ。次は正々堂々と」


ようやく決着が付いた。

想定以上に時間が掛かってしまった。

それほどまでにレメオダスは手強かった。いや、初めから分かっていた。

やはり、"天才"を相手にするのは本当にしんどい。

メゾルテ達が心配だ…



ーー


殴られて…蹴られて…。

血反吐を吐き、地べたに這いずり、どんなに惨めだろうと彼女は挑み続けた。

決して敵わないと分かっていながら、努力しても越えられない壁にぶつかってもなお抗い続ける。


「無駄な足掻きを…」


無駄?

無謀?

そんなの誰よりも理解している。


「王族として…騎士として…」


愛しいあの男に全てを託す為に。


「私は立ち続ける」


「そうか、なら潰れろ」


獣王に頭部を掴まれ地面に叩き付けられる。

全身を襲う衝撃と激痛は彼女の意識と誇りを容赦なく破壊してくる。

だが、それでも。

彼女は歯を食いしばり、獣王の太く強靭な腕を両手で掴むとその巨躯に足を絡ませる。


「まさかこんな王族としての威厳の欠けらもない手、昔の私なら絶対にしなかったな…好きな男に染まるのは悪くない」


そう笑みを溢しながら、全身の魔力を焔へと変える。

ありったけの魔力と想いを乗せて叫ぶ。


「ーー君焔爆燐マグヌット!」


刹那ーーメゾルテの身体が真紅に煌めき大爆発が起こり爆炎が獣王諸共、呑み込んだ。

必死の鍛錬の中で新たに習得した切り札。自身もダメージを負うが炎属性への耐性がそれを軽減する。

だが、相手はそうもいかない。

手応えはあった。


「ーーで、抵抗は終わりか?」


しかし。

獣王は立っていた。

これしきで倒れるなら英雄とは呼ばれていない、か。


「化け物め」


フッと、笑いながらメゾルテはそう呟いた。

"英雄"ーーそう呼ばれる者達には一つだけ共通点がある。

それはその誰も彼もが生物の常識と理解を超えた"化け物"である事だ。


『剣聖』、『大賢者』、『獣王』、『流星の魔女』、そして…『騎士王』。

彼、彼女らは人の身では決して辿り着けない領域に立つ才能を持った者達。

少しありふれた才能を持っていた程度の人間では決して届く事のない高み。

だから、、、繋ぐ。


一人はみんなの為に、皆んなは一人の為に。


彼が言った言葉だ。


「終わりだ。死ね」


獣王の一撃がメゾルテの身体に触れる直前。

その姿が消えた。

振り返った先に居たのは、ボロボロのメゾルテを優しく抱きしめるニグラス・シュブーリナの姿。


「ニグラス、もういいのか…?」

「まぁね。それでも50%って所か」


ニグラスの言葉と顔を見て安心したメゾルテは静かに目を閉じる。

それを見届けたニグラスは周囲を見渡す。


酷い有様だ。

メゾルテ、セクメット…ローズローザ、アリトライ…そしてあのフェンリルも破れた。

間違いなくコイツは原作よりも…だがそんなの関係ねぇ。


「お前だけはぶっ飛ばす」


それは目の前の強大な敵に対する震えと恐怖を振り払う為の自分への鼓舞であり、明確な怒りと決意だった。

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俺は悪役貴族ニグラス! 〜転生知識で最強に!力も、そして女も…くぁwせdrftgyふじこ!!?〜 PUNPUN @kakaro10

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