第8話 決別

 春の柔らかな風が、ソーニャのポニーテールに結われた灰色の髪を弄ぶ。顔にかかった髪を払いのけながら、ソーニャは話し始めた。


 「……私は、孤児だった。赤子の時、教会の前に捨てられていたらしい。それからずっと、私は教会に育てられてきた。他の孤児たちとともにな。司教や司祭、修道女といった聖職者たちは皆、私に優しく接してくれたのだ。皆と過ごしたあの日々は、私にとってはかけがえのない大切なものなのだ。……身寄りのない私に、そのような温かく心地の良い居場所を下さったのは、リーアス神以外にはおられないと私は信じている。だから私は、神の恩寵に報いるべく、この国を守るべく、剣を取るのだ」


 ユリウスは、真剣な顔でソーニャの話にじっと耳を傾けていた。しかし、話が終わるとすぐに冷笑を浮かべた。


「なるほどな。あんたが聖光教を熱心に信仰する理由が分かった。あんたはホントに、心から神サマに感謝してるんだな。……だが、あの教会のやることだからな。あんたを引き取ったのには、何か裏があったんじゃねえか?」


 その言葉に、ソーニャの顔色がさっと変わった。そして、彼女はユリウスに食ってかかった。


「そんなこと、あるわけがない! 皆、善良な人ばかりだったのだ! ……貴殿は、『あの教会のやること』などとおっしゃるが、なぜそこまで教会を悪く言う? 教会がいったい何をしたと言うのだ!?」」


 ソーニャは鬼気迫る表情である。ユリウスは両手で彼女を制した。


「どうどう、落ち着け落ち着けー。なんで俺が教会を悪く言うかって? そりゃあ、この目で見てきてるからさ。だってそうだろ? 現に、教会は男を聖女に仕立て上げてる上、さっきも言ったように信者たちから金を巻き上げてんだから。その他にも、いっぱいあんだぜ? 一つひとつ並べ立ててやろうか?」

「ああ、もういい! もうたくさんだ! 貴殿の戯言たわごとになどに付き合ってはいられん。貴殿が何を言おうと、私があの場所に救われたのは事実なのだ。私は、私の信じたいものを信じ続ける!」


 言い切って息を切らすソーニャを、ユリウスは冷めた目で見ている。そして、ゆっくりと頭を振った。


「……あんた、相当頑固だな。こびりついた油汚れみてえだ。言っとくが、俺は一切聖光教を信じちゃいねえ。あんたも早いとこ足を洗ったほうがいいと思って忠告してきたつもりだったが……もう手遅れだったみてえだ」

「貴殿こそ、仮にも聖職者ともあろう者が、なんと愚かなことをおっしゃるのだ!」

「愚かなのはどっちだろうな? 虚偽と欺瞞に満ちた宗教にいつまでもしがみついてさ」


 ユリウスの言葉に、ソーニャは顔を真っ赤にした。しかし、深呼吸を繰り返し、何とか平静を保とうと努めた。そして、低い声でユリウスに問う。


「……ではなぜ、貴殿は聖女を演じ続けているのだ? それほど教会や聖光教に対して敵意を抱いているのなら、さっさと辞めてしまえば良いものを」


 ユリウスは一瞬真顔になったものの、すぐにもとの嘲るような笑みを浮かべた。


「さあ、何でだろうな?」

「くっ……、ふざけるな! この不届き者が!」

「おお、言うねえ。俺は聖女サマだぞ?」

「貴殿のような者に、聖女を名乗る資格などない! ……今度こそ、永遠にお別れだ。もう会うことはないだろう。早く貴殿の罪が暴かれることを祈るばかりだ」


 ユリウスはきょとんとした顔になり、窓から身を乗り出した。


「罪? 何の罪だ?」

「決まっているだろう。信仰心の欠片もないくせに、聖女などという大それた役目に就いている罪だ!」


 ソーニャはいけないことだと分かってはいたが、ついユリウスを指差してしまった。そして、そのまま彼を糾弾する。


「貴殿に辞めるつもりがないのなら、私が直接、貴殿を偽聖女だと告発しよう。そして、強制的に貴殿を聖女の座から引きずり下ろしてくれる!」

「でもよぉ、俺がいなければ、誰が一日中大聖堂にこもって祈りを捧げて、神像を掃除して、国民の懺悔聞いて、神託を伝えるんだ? あんたも知ってるとは思うが、この国は聖光教を中心に回ってるんだぜ? 聖女の担ってる役割だって、それなりにでけえんだぞ」

「別にそれらは、他の聖職者でもできることだろう!」

「はあー、分かってねえなあ、あんたは。聖女が伝えるからこそ、神託は価値を持つし、国民たちは聖女に相手してもらいたくて、わざわざ懺悔にやって来るんだよ。それに、俺……というか『ユリア』は、多くの国民に愛されてるだろ? それがいきなりいなくなってみろ。この国は大混乱に陥るぜ。最近は隣国のラストヴァリアとの関係も悪くなってるって言われてるし、そんなことになったら、侵略の格好の餌食になっちまうぞ」

「……」


 確かに、最近になって、ソーニャの所属する騎士団には訓練強化の命令が下った。彼女は何か不穏な気配を感じていたが、あえてその理由は問わずにいた。だが、ユリウスの言うことが真実であれば、その隣国との関係の緊張化に伴ってのことだったのかもしれない。


 ソーニャが黙っていると、ユリウスが話を続けた。


「それによ、俺を聖女に仕立てたのは他ならぬ聖職者たちだぜ? あんたが告発したところで、握り潰されて終わりだろうよ。ま、そういうわけだから、潔く諦めんだな」

「……だが、私はもう懺悔には行かんぞ。貴殿に悩みなど相談したくはないからな」

「おう、好きにしろ。こっちとしても、つまらんことでいちいち懺悔に来るめんどくせえ客が減ってせいせいする」


 聖女様と慕っていた人物にそのように思われていたのかと、ソーニャは少なからずショックを受けたが、そんな内心はおくびにも出さず、素知らぬふりをして、「では、失礼する」とだけ残して立ち去った。


「へっ、とんでもねえ石頭の頑固娘だったな。……つまんねえの」


 ユリウスは口を尖らせてぼやくと、バタンと音を立ててガラス窓を閉めた。

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