中の人のはなし
綾瀬 柊
中の人のはなし
***
「そろそろデートでバイト先に来るのやめてくれない?」
弟がそれは面倒くさそうに述べた。
弟はバイトで、着ぐるみの中の人をしている。
地元の地域振興のため作られた戦隊ヒーローの、ヒーローでもなく悪役でもなく、妖精ニャンニャンの役である。可愛らしいしぐさとキレのある動きのギャップがウケ、ニャンニャンちゃんと呼ばれ愛されている。
「颯太の勇姿は見たいし、けっこう面白いとこでやってたりするし」
「オレは裏方だから勇姿もなにもないし、毎回来る意味もわかんない」
普通、着ぐるみの中の人を裏方とは呼ばないだろう。だが便宜上、ヒーローも悪役も妖精も、中の人の仕事も裏方と述べることになっているらしかった。
子どもの夢を壊さないためなどと述べつつ、その実ファン層には大人も多いらしい。
「それにショーは水モノってよく言うじゃん。雅樹とも話したんだけど、最近すごく痛感するんだよね。1回1回細かいところが違うし、そういうとこも気を付けて観ると楽しい」
「コアなファンみたいなこと言い出すじゃん……」
「これだけ観てたらもうそう言っても過言じゃないと思う」
颯太がやっている妖精ニャンニャンは、思いのほかアドリブが多い。悪役を怖がる子どもを、そっと宥めたり庇ったりする。
それを見た大人がややふざけて怖がる真似をしたのを、颯太扮する妖精ニャンニャンは他の小さい子と同じように優しくハグをして背中をポンポンと慰め、それがまた異様な人気に拍車をかけたらしかった。
妖精ニャンニャンは、大人の観客であってもわけへだてなく接してくれる、と。
『なんで小さい子でもない普通のお兄さんまで慰めたの?』
あんなのフリだって誰が見てもわかるのに、と、あるとき私が問うたら、
『ニャンニャンは人間じゃなくて妖精じゃん。
人間と同じ物差しは持ってないはずだから、誰であっても守ってあげなきゃいけない存在として見てるんじゃないかと思った』
と真顔で述べた。
まさか弟がメンタルから妖精ニャンニャンを演じていると思わず、私はそのプロ根性に面食らうなどした。
弟はそもそも妖精ではなく悪役の、それも下っ端の黒マント志望のアルバイトだったのに、縁とは不思議なものである。
fin.
中の人のはなし 綾瀬 柊 @ihcikuYoK
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