夜更けにカンパイ

青井りえ

夜の始まりは遅く短い

 「寝息をたてる」とは言うが、実際に寝入った時は寝息も聞こえないくらい静かになることを、誰かの寝入りを待ったことのある人なら知っている。

 物心ついた時からド級の怖がりだったわたしは自分より先に家族が眠ることが恐ろしく、その静寂を布団に潜り込んで拒否した。

 それがいまは。彼女の寝入りを今か今かと待っている。暗闇の中カーテンの隙間から漏れる光から月の高さを、季節を感じ、車の走る音から近隣の住民の帰宅を知る。遠くに聞こえるサイレンの音に娘の気が散らないか怯えている。そうしてテレビもスマホも全ての明かりを消しながら待っている。彼女の寝息が静かになるのを。すー、すー、と深い呼吸が聞こえてくるうちはまだまだで、彼女の瞼は力を入れたようにぎゅっと固く閉じている。やがてしがみついてきている腕が石のように重くなり、重さに比例して呼吸は静かになっていく。静かになってからもうずっと痺れている腕からころりと彼女を降ろすとき、彼女の瞼はうっすらと閉じている。その顔を見た時ようやく今日が終わり、夜が始まる。一階でゲームをしながら彼女が眠るのを待っていた夫には娘の寝顔を堪能してもらうことにして夜の選手交代。酒を飲まない夫の夜は浅く短い。ゲームも疲れてしまってもう長くはできないと言いながらも職場の仲間たちとオンラインで繋がりながら楽しむ夜は子供の頃夢見た親に時間の制限のされないゲーム時間そのものだ。

 しかし、時間を再現する親はいない代わりに隣で寝顔を見守ってくれるのを待っている娘がいる。そうしてわたしたち夫婦は交代制で夜を楽しむ。

 わたしの夜はもっぱら読書と酒で、特にお酒を愛する人たちのエッセイを読みながら一緒に飲んで夜は更けていく。

 静かなリビングに一人。少し気温は下がっている。指先がひんやりと冷たくなっているのを感じながら用意するのはもっぱらジンだ。

 ウインナーにしろベーコンにしろ燻製の香りが苦手なわたしは多分に漏れず、ウィスキーが苦手で、若い頃に無理をして格好をつけて飲み過ぎたせいで大失態を犯した日本酒や焼酎も身体が受け付けなくなってしまった。

 ここまで聞くと、消去法でジンを呑んでいるのかと怒られそうなのだがそうではない。

 ジンには思い入れがある。

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夜更けにカンパイ 青井りえ @aoi283

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