第13話 二人だからこそのハッピー(?)エンド②

 そうこうするうち、レティシアがほんの少しだけ瞳を伏せて、口調を落ち着かせた。


「……わたしたちはこれから先、きっと互いに腹の立つことばかりでしょう。でも、わたしはそれを楽しく思えるわ。あなたを憎らしく感じながらも、そばにいると退屈しないから」

「俺も同感だ。おまえが生意気なほど燃えるし、静かに笑っていれば……まあ、ちょっとは可愛いと思わなくもない。もっとも、そんな顔はめったに見せないが」

「すごく失礼な言い方ね。でも、別に可愛いと思ってもらわなくて結構。……あなたが馬鹿みたいに笑っていないと困るわ」

「俺は馬鹿じゃない。顔をゆがめながら笑っているおまえのほうこそ滑稽こっけいだろうに」

「二人揃って滑稽ならお似合いじゃない?」


 周囲に大勢の人がいることを忘れたようなやり取り。まったくロマンティックでない言葉が飛び交っているのに、そこにはなぜか甘くほのかな情感が漂う。まるで互いの毒舌が愛を確かめ合う道具になっているかのようだ。


 貴婦人のひとりが「本当にあんなやり取りで結婚を決めるの……?」と戸惑いの声を漏らすが、しかしどこか笑みを隠しきれない。周りの貴族たちも似たような表情で、賛否はあれど、これが二人の求める「誓いの場」なのだと理解し始めていた。


「……で? わたしたちの結論は『ずっと嫌味を言い合う生活』でいいのね?」

「他にどうする? 無理やり優しい言葉を並べたところで似合わないだろう。俺はおまえと喧嘩しながらもそばにいたい。それだけだ」

「よく言うわね。わたしだってそうよ。あなたがいなくなるなんて考えただけで、気が狂いそうだもの」


 ついにそこまで言い切ると、レティシアは顔を赤くして口をつぐむ。カイルも少し恥ずかしそうに視線を逸らしたが、恥を隠すように咳払いをして、周りをぐるりと見回す。


 そのまま人々が見守る中、カイルはわずかにこわばった面持ちで言葉を口にする。


「……では、改めて。レティシア、おまえはこれから先、俺とともに生きる覚悟があるのか?」

「もちろんあるわ、カイル。いくら『最悪な相手』だと思っても、わたしにはあなただけよ」

「ふん、偉そうに。だが……やはり、おまえじゃないと困るんだ。だから、俺のそばにいろ」


 瞬間、庭中が水を打ったように静かになる。ロマンチックなフレーズどころか毒舌と皮肉が混じっているが、誰がどう見ても紛れもない「求婚」だった。ここには、やたらと美辞麗句を並べるよりずっと真剣な空気がある。


 パッと顔を上げたレティシアは、最後の言葉をさらりと告げた。


「いいわ、カイル。あなただけには面倒をかけ続けてやる。生涯にわたってね」


 そのセリフで、周りの人々は「おお」と小さな感嘆の声を漏らした。拍手が起こるでもなく、ため息が混ざりながらの、奇妙な盛り上がり。普通のプロポーズなら感動的な場面になるはずが、あまりの毒舌ぶりに笑いがこぼれている。


 しかし、当の二人の表情には笑みとも怒りとも違う微妙な満足感が浮かんでいた。互いに嫌みを吐き合いつつも、その眼差しだけは穏やかに交錯している。まるで「ようやく本当の意味で結ばれる」と確信したかのようだ。


「なんというか、あれが二人なりの告白なのね……」

「『あいつしかいない』って口にしてるんだもの。どう見ても愛じゃない?」

「言葉尻はきついけれど、あのふたりらしいわ」


 周囲ではくすくす笑いと困惑した嘆息が同時に沸き起こる。もっときらびやかなロマンスを想像していた人ほど拍子抜けした様子だが、逆に「彼らが納得しているならそれでいい」と大きくうなずく者もいる。


 両家の親たちは、安堵の表情を浮かべつつも、これから先この二人がどれだけ振り回すかを想像して一瞬頭を抱える。使用人たちは「ああ、また騒ぎが起きるに違いない」と気を遠くしながらも、「これが二人にとって最良の形」だと悟りつつある。


「じゃあ、終わりにしようか、カイル」

「終わり? いや、始まりだろう。面倒ごとは今からが本番だ」

「そうね。じゃあ協力しなさいよ。逃げ出すなんて、許さないんだから」

「誰が逃げるか。レティシア、おまえこそ途中で投げ出すなよ?」

「投げ出すわけないでしょう。わたしはあなたの自由を一生奪ってやるんだから」

「ふん……だったら、その自由の狭間でずっとおまえを持て余してやるよ」


 二人は最後まで絡み合うように毒舌を交わしながら、式典ともつかぬお披露目ともつかぬ、「求婚と結婚の意思表明」を締めくくった。響き渡る拍手も祝福の言葉も、どこか困惑混じりなのが笑える。


 しかし、それは紛れもなく二人にとっての結婚の約束。とびきりロマンチックな台詞はないが、どこよりも強い意志がこめられている。互いにとって気に入らない部分を抱えながらも離れられない――そんな特別な感情を、ついに言葉にしたのだ。


「おまえ以外ありえない。言葉にすると腹が立つが、事実だから仕方ない」

「じゃあ大人しく受け入れなさい。わたしはあなただけを一生面倒見るつもりよ」


 周囲のどよめきを背に、二人は軽く睨み合ってから、同時にそっぽを向く。しかし、その頬にはほんのりとした赤みが差していた。お互いが嫌いあっているわけではないどころか、大好きとも言えないくせに、誰よりも大切に感じている――そんな矛盾こそが二人の真の絆なのかもしれない。


 こうして毒舌と皮肉に彩られた「求婚」は、気づけば拍手喝采――と困惑の吐息の渦へと変わった。まさに二人だからこそ許される奇妙な愛の形。だが、それがどこから見ても確固たる結束となっていることを、誰もが薄々理解してしまった。


 息苦しいほど厄介で、けれど離れられない。そんな二人の物語は、いよいよ最終幕へ向けて加速していく。毒舌を交わし合いながらも示された確かな愛は、ここからどんなハッピーエンドを紡ぎ出すのか――それは、もう少しだけ先のお楽しみだ。

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