心を読めてたら多分、

梅井ちょす

第1話

 私は人の心が読める。物心がついてからずっとだ。

 どんな人の心でも読めるってわけではない。「読めそう」って思ったら読めるし「読めなそう」って思ったら読めないのだ。

 だから見るからに頭がよさそうで、口を開いてもよくわからない専門用語を言うような人の心は読めない。

 でもそんな人は人生で数えるほどしか会ったことがない。だからほとんどの人の心は読めるもんだと思って生きてきた。


 そんな特殊な私でも人並みに恋はする。年頃の女の子だもん。普通に誰かに惚れて、恋の駆け引きなんてのもやってみたい。

 でもこの力が私の望みを邪魔する。

 駆け引きもくそもない。

 脈アリならアリだしナシならナシなのだ。


 だから恋してもつまんない。


 せっかくのJKなのに全然青春を謳歌出来てない。


 だけど今日も私は学校に行く。


 新たな出会いに一抹の望みをかけて。



 学校に着く。今日もつまらない一日が始まる。

 と思っていた。


 緊急事態発生だ。

 私の目の先にいる男の心が読めない。


 状況を整理しよう。

 私は今教室にいる。私たち二年生の教室にはよく三年生の男子が可愛い子を捕まえに視察に来るのだ。

 いつもはそれを遠目に見て今日は誰が引っこ抜かれるのかなとか思ってたんだけど……


 私の番が思ってたよりもすごくはやくきてしまった。

 いや、別に決まったわけじゃないんだけど。

 でもあの人と目があった気がしないでもないし……


 あと彼を逃したらこの先彼以上の人が現れると思えない。


 高身長。

 かっこいい。

 心が読めない。


 理想の3Kだ。こんなハイスペな人会ったことがない。


「なに、あんたあの先輩のこと気になってんの?」


「えっ、いやそんなんじゃないし……」


 隣の席の親友に声をかけられる。

 あんた可愛いからいけるんじゃないの~とか思ってるよこいつ。

 もう、そんなこと言っても私からは何も出ないぞ。言ってはないんだけど。


「あの人、部活の先輩だし、手伝ってあげようか?」


「いいの!?」


「ジュース一本ね~」


 そんなの安いもんよ。



「君があいつの言ってた子かな? よろしく。」


「よ、よろしくお願いします。」


「あの時こっち見てたよね」


「えっ」


「俺も君のこと可愛いなって思って見てたよ」


 な、なんでこの人はこんなセリフを普通の顔で言えるんだ……

 心が読めないと嘘か本当かもわからないし……


 こうして私は彼とのパイプラインを持ってしまった。

 正直言ってうまく行きすぎて怖い。

 

 そんなこんなで日々は過ぎてゆき……



「俺さ、実は人の心読めんだよね」


「えっ」


 ある日の学校の帰り道、急に彼からそんなカミングアウトをもらった。びっくりした。

 普通の人だったら。冗談だと思って笑い話で終わるだろう。私も最初はそう思った。普通に考えてありえないのだから。

 でも私は実際に人の心を読める。それに加えてわざわざ私に言ったのだ。同じ力を持つ私に言ったということはもうそういうことだろう。


「それ、まじですか?」


「まじだよ。いま冗談かな~って思った挙句やっぱ信じたっしょ。どう? 当たってる?」


 当たってる。これで本当に彼が心を読めるのだとわかった。でも心が読めるってことは今までの私の考えてたことも知ってたってことだ。恥ずかしすぎる。顔が赤くなっていくのを実感する。

 でもそれと同時に彼との共通点を見つけたことに喜んでいる。私と彼だけの、おそらく世界で二人だけの共通点。


 もう、彼が私の心を読んでたのだとしたらもったいぶる必要はなくなった。


「じゃあさ、私の好きな人。だれかわかりますよね。」


「ん? あぁ……まぁ。」


「その人ってさ、私のこと好きかな。」


 数秒間の沈黙が流れる。相手の気持ちがわからないことがこんなに怖いなんて思わなかった。


「……好きなんじゃねぇの? お前可愛いし。」


 その言葉を聞いた瞬間ただでさえ赤かった顔がさらに真っ赤になったのを感じた。心を読めない人たちがみても今の私の気持ちはわかるだろう。


「じゃ、じゃあさ……」


 私と付き合ってもらえますか?


 そう、心の中で聞いた。


「?」


 しかし彼の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるように思えた。


 なんでだろう。うまく読めなかったのかな。

 彼には読める時と読めない時があるとか?

 それとも早とちりしすぎて引かれちゃったとか?

 あぁ~もう怖い。彼がどう思ってるのかがわからない。私の目に涙がたまっている。


「あぁ、今頭の中でなんか考えて俺に読んでもらおうとしてたのか。」


 彼は私の気持ちを察してくれた。私は静かにうなずいた。


「あれ冗談ね。ほんとに信じるとは思わなかったわ。」


 あぁ、なんだ冗談か。本当に信じてしまったじゃないか。


「お前全部顔に出てるから考えてることバレバレだぞ。」


「うぅ……」


 そうだったのか。それであんなにポンポン当てられてたのか。


「で、さっき何考えてたんだよ。」


「え、えっと~」


 ど、どうしよう。


「先輩のことが好きだから、付き合ってくださいって、思ってました……」


 勇気を振り絞った。怖くて下を見ながらだけど、ちゃんと言葉にして言った。

 またも沈黙が流れる。怖くて泣きそうだ。

 早く返事が欲しい。そう思って恐る恐る前を見てみると、彼の顔は真っ赤だった。

 

 今、初めて彼の心が読めた気がした。


 おそらく彼が次に言う言葉は――


「いいよ」

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心を読めてたら多分、 梅井ちょす @umechochos

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