トワイライト
安東アオ
第1話
『好きな気持ちは変わらないんだけど、付き合ってるのがツラくなってきたの』
数日前に言われた言葉が頭から離れない。
脳内で何度再生されたことだろう。
俺は電話越しに「ごめん」と言うことしか出来なかった。この時に何て答えていたら良かったのか、未だに正解が分からないままだ。
仕事を何とか終わらせて、最終の新幹線に身一つで飛び乗った金曜日。
会社からでも四時間近くかかるので、沙織の住むマンションに着いた時にはとっくに日付が変わっていた。
「遅い時間にごめん。どうしても会いたくなって」
「ううん、疲れてるのに来てくれてありがとう」
いつもとは違う笑い方に、わざと気が付かないふりをする。
「飲むでしょ?」
どうやって話を切り出そうか悩んでい時だった。両手に缶ビールを持った沙織が俺にそう問いかける。
「……そうだね。飲もうかな」
正直そんな気分ではなかったが、テーブルの上に並べられていた料理を見たら断れなかった。来る度に必ず作ってくれる好物を今日も用意してくれていたから。
「乾杯」
缶同士がぶつかる音を聞いて、胸が押し潰されそうになる。
沙織がお酒を飲む時は話しにくいことがあるということ。付き合って三年。それぐらい分かる。
表面上はお互い笑っているし、こないだの電話の件も口にしていない。でも、飲み終わった頃にはきっと――…
◇
いつの間にか空が薄明かるくなっていた。
濃い青色にオレンジ色が混ざっている。
ここは駅の近くにある公園内のベンチ。結構な時間ボーッとしていたらしい。
桜並木の横をジョギング中のカップルが通り過ぎていく。仲睦まじい様子を見たら、少し前の出来事を思い出してしまった。
正反対の内容なのに何でだろう。
『私達今日で終わりにしようか?』
『……嫌だって言ったら?』
『困る、かな』
そうならない為に会いに来たのに、絞り出した「分かった」という言葉。
考え直してくれと必死に答えていたら、結果は変わっていたのだろうか。
いや……、こっちに戻れるまであと二年もある。離れて暮らすことが原因ならどのみち駄目だっただろう。
辛い思いはさせたくない。
だから了承した。
これで良かったんだ。
この公園は二人で初めて来た場所でもあった。桜の名所としても有名で、付き合ってから毎年来ている場所。
帰り道だからとはいえ、このタイミングで寄ったことを後悔した。
「今年も一緒に来たかったな」
今年だけじゃない。来年も再来年もずっと。
◇
あれから少し経ったこの日、大きめの荷物が届いた。送り状には日用品と書かれている。
着払いじゃなく元払いだったし、こういうところも沙織らしいと思った。部屋に置かせてもらっていた俺の服も綺麗に畳んで入ってたし。
どれを見ても一緒に過ごした日々が浮かんでくる。でも、ダンボールを放置するのは嫌なので中身を取り出していく。
『今までありがとう』
『……気をつけて帰ってね』
これが部屋を出る時に交わした最後の言葉。「ありがとう」じゃなくて「ごめん」って謝るべきだったのかもしれない。
付き合っていたことを後悔しているのかと思っていたから、荷物の下に入っていたメモを見て少しだけ救われた気がした。
"こちらこそ今までありがとう。元気でね"
トワイライト 安東アオ @ando_ao
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