メモリー
パソたん
メモリー
これはある人の記憶の話。
「先生、お父さんとお母さんが来ません」雪が降りしきる薄暗い外。悴む指先。先の見えない不安。生まれて初めて感じた大きな不安に取り乱していた。
2時46分。今日の夜ご飯はなんだろうな。そんな事を考えていた。太鼓が一斉に何百個も叩かれたような、そんな轟音を響かせ、学び舎を引き裂く如く揺らす。机は吹っ飛び、床に平伏す生徒と先生、あの子もこの子も泣きじゃくる。まるで巨人が学校を両手で鷲掴みして、直に揺らしているようだ。それほどに異常な揺れだった。2分ほど揺さぶられ、先生は正気を取り戻すに時間がかかっていた。先生は何もできずに周りを見渡すばかりだった。ものの数分で教室に別の先生が入ってくる。「早く外に!」酷く焦っている。僕らは背の順に並び、避難経路を用いて校庭へ行く。どの教室もめちゃくちゃで、ランドセルや筆記用具、裁縫セット、どれもこれも飛び散っていた。外に出ると、先生は絶望が混じった声で「雪だ·····」と呟いた。
15時。大雪が降っている。寒い。とにかく寒い。女子の生徒なんかは大泣きして「お母さん」「ママ」「助けて」と泣きじゃくるばかりか、チラホラ擦り傷や打撲をした生徒も見受けられた。希望がどこにも無い。雪のせいなのか、何も見えない。光も何も。先生は点呼をとる、死人はゼロ。「親が迎えに来るまで皆さん待機してください!」大きな声を張り続ける先生達、その声は震えている。寒さか、恐怖か、不安か、僕には分からなかった。
16時。次第に生徒の親達が生徒を引き取っていた。「お母さん怖かったよ」泣きながら抱きしめあっている。「よかった。無事でよかった。」親達も涙している。そうしてほとんどの生徒が親に引き取られた。僕の親はまだ来ない。雪だけが降りしきる。「体育館に移動するぞ!」先生が言う。体育館に行くと、地震が起きてすぐなのに、そこはもう避難所として整備されていた。僕が知っている体育館はそこにはなかった。先生からブランケットを掛けてもらい、僕はそれにくるまった。姉も一緒で、姉は無責任に一言放った。「来なかったらどうしよう」僕は瞬間、不安でいっぱいになった。
19時。避難所には、沢山の人が入ってきた。家がダメになった人達や、高齢者、僕と姉のように迎えが来ない子供達だ。先生から水とカンパンとワカメご飯を貰った。姉は不味いと言いながら食べる。僕は、文句を言わずに食べた。親はまだ来ない。僕はとうとう不安に押しつぶされそうになり先生に言った。「お父さんとお母さんが来ません」僕は嗚咽をしながら泣きじゃくり、冷えた指先に寂しさを覚えた。大人になった今でも、指先が冷えたり、雪が降ると、酷く悲しい気持ちになる。それほどに深く刻まれている。
21時。まだ親は来ない。姉はもう寝てしまった。知らない人達が不安を募らせ、赤ちゃんの泣き声、落ち着かない子供達、不満や焦燥が体育館をはみ出しそうだ。怒号が飛び交っている。どうやら食料の取り合いだ。知らない大人が、知らない大人で言い争っている。ふと、先生が授業で言っていた事を思い出す。「人と人は協力しあって助け合う。困ってる人には手を差し伸べましょう」先生は嘘を教えたのかな·····。弟は大丈夫かな…。寝ようとしても寝付けず、不安が増す一方だった。希望がどこにもない。辛い。苦しい。もうダメなのかな。僕は1人、薄いブランケットにくるまり泣いていた。
22時。僕は外に出た。辺りは真っ暗。遠くには赤い光が見える。どうやら工場が爆発して大規模な火災が起きたらしい。臨時トイレは酷い匂いを放っている。僕は何も考えたくなかった。とりあえずブランコに乗った。ギコギコと音を立てる。ギコギコと虚しい音だけが響く。しようもなく寂しい。真っ暗だ。辛い。お父さん。お母さん。弟。大丈夫かな。辛いよ。寂しいよ。僕はブランコで泣いていた。今日だけで何回も泣いている。ふと空を見上げると、満点の星が広がっていた。「 綺麗だ…」声を漏らすほどに感動した。僕は満点に輝く星々を希望だと思った。この星の輝きは今でも心に残っている。大人になった今でも僕は星を見ると希望がみなぎってくる。僕は体育館に戻り眠りについた。瞼の裏には、星が煌めいていた。
朝8時。親たちは僕らの所に着いた。交通機関が全滅し、会社で宿泊し、朝イチで徒歩でここまで来たらしい。弟も無事だった。家に帰ると中はめちゃくちゃになっていた。大事なものも何個か壊れた。酷く落ち込んだ。テレビもバキバキに割れている。その時使っていたマグカップも粉々だ。それを見た僕の心に、少しヒビが入った。
友達が津波に流され亡くなってしまった。僕は暫く立ち直れなかった。この前話したばかり、この前遊んだばかり。一緒にDSで通信対戦したばかりなのに。僕はこの日、心に大きな穴が空いてしまった。今でも空いたままだ。お墓参りに行き、墓石に刻まれた年齢を見る度に胸が苦しくなります。僕は大人になりました。これからも頑張るよ。届きもしない弱々しい声で語りかける。僕の合わせる両手は、成長と共に大きくなりました。君の手は、あの頃のままだろうに。
日常が突然音も立てずに崩壊してしまうことがあることを知った。辛い時、苦しい時、己や周りを守る為に手段を選ばくなる人、そして、そんな時こそ手を差し伸べられる人がいることを知った。僕は苦しい時、誰かに手を差し伸べられるだろうか。冬になると、そんな事をよく考える。あの日の手先の冷たさ、大事なものを失った時の絶望感。僕はそれと向き合い続ける。背負って生きていく。後ろは振り向けない。海に叫びたい気持ちは、落ちていく太陽のように。
メモリー パソたん @kamigod_paso
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