フェアリーテイル

ナナシリア

フェアリーテイル

 おとぎ話が、好きだった。

 だから受け入れたくなかった、現実はおとぎ話のようにはいかない。

 どれだけ私が苦しくても、妖精は存在しないし、白馬の王子様が現れることも無い。


「大丈夫? 大変だと思うけど、がんばってね」


 なんてありきたりに声をかける、同情の鬼がいるだけ。


 母が死んだ。

 もともと母子家庭だったから、私は肉親をすべて失ったということになる。親戚なんていない。祖父も祖母も、既に天国にいる。いや、地獄かもしれない。


「おはよ。顔色よくないけど、なんか悪いことあった?」


「ちょっと寝てないだけ、大丈夫だよ」


 おとぎ話じゃないんだから、私が被害者面をしても、誰も救ってくれない。だから平気なふりをして、日常を浪費する。

 高校を卒業すれば、少しは楽になるはずだから。


「そういえば、聞いた? 隣のクラスの加坂、駆け落ちしたらしいよ」


「知らんかった。誰と?」


「三年の先輩らしい。詳しくはわかんないけど」


 おとぎ話、とは言わないけど。駆け落ちみたいな、そういうことに少しは憧れる。


「しっかし、いくら底辺高って言っても駆け落ちなんて実際にあるんだ」


「やっぱそう思うよね。わたしも聞いたことなくてさ」


 情報通の彼女ですら聞かないというのだから、本当にめったにないのだろう。

 羨ましい。駆け落ちなんてして、勝手に楽になって。

 私にはそういうことはないだろう。

 自分を磨く資金は無いし、彼氏がいたことだって無い。当然、私を救ってくれるような人も知らない。


「でも、あこがれるよね。私もそういう彼氏は欲しいかもな」


「お、初彼氏? そういえば忘れてたんだけど、加坂と同じクラスの田坂があんたのこと好きで紹介してほしいって言ってた!」


「忘れないでよ、そんなこと。いつ? 私、紹介されるのは全然いいんだけど」


「なんなら今連れてくる?」


「がち? 連れてきてよ」


 彼女は退席した。

 初の彼氏候補。なんとも楽しみだ。

 ただまあ、ATMになってもらうんだけど。こっちだって切羽詰まってるんだから、許してほしい。


 しばらくして、ひとり男を連れて、彼女が戻ってくる。連れてきた男が、たぶん田坂なのだろう。


「こんにちは。あなたが田坂さん?」


「はい、田坂圭吾っす」


「まあ敬語はいいよ。私のこと好きなの?」


「おう、あんまメイクとかはしてないみたいだけど可愛いから」


「最低な理由だ」


「こういうの、気にしない子がいいと思って」


「……私は気にしないよ」


 そんなわけないだろ。

 本当はおとぎ話みたいなかっこいい人と付き合いたいし、こんな最低な現実大嫌いだ。


「ははっ、じゃあ俺と付き合ってくれない?」


 そうやってにやりと笑って手を差し伸べる田坂に、おとぎ話の王子様を重ねてしまう。


「ちょっと、わたしを置いてけぼりにしないでよ」


 彼女の言葉に、三人声を合わせて笑う。




 彼に一週間で捨てられることは、この時の私は知らない方がいいだろう。

 現実はおとぎ話のようにはいかない。

 どれだけ私が苦しくても、妖精は存在しないし、白馬の王子様が現れることも無い。

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フェアリーテイル ナナシリア @nanasi20090127

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