王女様、妾の子に本気で恋をしないでください!

皇冃皐月

第1話 出会い(A)

 華やかなシャンデリアの灯りが宮廷の舞踏会場を照らし、貴族たちの笑い声と楽団の優雅な演奏が響いている。絢爛なドレスに身を包んだ貴族子女たちが華麗にステップを踏む中、一人の少女は壁際で静かにその様子を眺めていた。距離がそこそこあって、人と人との隙間を縫ってでないと顔を見れない故に顔そのものがぼんやりとしか確認できない。けれどその少女には見覚えがなかった。それは間違いない。王女として横の繋がりを大事にしてきた自負はある。一度でも顔を合わせればそれだけで顔と名前を覚えられる。それが私の特技? みたいなものであった。そんな私が知らない少女。きっとこの少女はこの場に初めて来たのだろう。

 不安そうに周りをキョロキョロ見渡す。食事に手をつけることもしないし、殿方と音楽に合わせて踊る、というようなこともしない。


 「クラリッサ」


 私は侍女を呼ぶ。


 「はい。お嬢様。どうかなされましたか」


 慎ましやかに立っていた彼女はゆっくりと口を開く。

 私は目線を配る。向けた先はあの名前も知らぬ少女。


 「あの子はどこの子かしら。見覚えがないのだけれど」

 「あの子……あぁ、あれは国王様の妾の子でございます」

 「妾の子……? つまり平民ということですわね」

 「そうなりますか……なりますね」


 唇に指を当てて考え込むクラリッサは二度大きく頷く。


 「そうですの」

 「はい」

 「お父様はなにを考えていらっしゃるのかしら。この場に妾の子を……ましてやただの平民を連れてくるなんて。どうかしていますわ」

 「とは言いますけれど、お嬢様。国王様の血を引いていますから、完全なる平民というわけでもありません」

 「ですけれど、どう見たって場違いじゃありませんの」

 「それに関しては肯定も否定もいたしません」

 「というか、クラリッサ」

 「はい」

 「ご存知ですのね。あの妾の子のこと。わたくしでさえ知らなかったというのに」


 知らされていなかったことに大なり小なりショックを受ける。


 「知らされているのは王宮の中でもごく一部のかと。本日がお披露目でありますし」

 「え、今日はあの子のお披露目会なのかしら」

 「そうですよ」

 「なおさらお父様はなにを考えていらっしゃるのかしら」


 今更妾の子が出てきてどうする。私から王位継承権を奪おうと画策しているのだろうか。だとしてもそうは問屋が卸さない。お父様が良いと言っても、きっと国民が許してはくれない。


 「国王様はカトリーナ様に王位を継がせることを諦めて、エレノア様に王位を継がせるつもりなのかもしれませんね」

 「なっ、なによ。わたくしじゃ不満っていうの? クラリッサ」

 「わたくしがというよりも、国民が、ですね」

 「な、なんでよ」

 「カトリーナ様。ご自身がなんて呼ばれているかご存知ですか?」

 「それくらい知ってるわ。ワガママ王女ですわよね」

 「ご名答でございます。国民からの評価は非常に低く、カトリーナ様が王位を継いだところで国家運営は上手くいかないでしょう」

 「……クラリッサ、言うようになったわね」

 「事実ですから」


 そう言われれば私はなにも言い返せなくなる。

 それに筋も通っている。


 「わかりましたわ。ならばあの娘をぎゃふんと言わせれば良いのですわね」

 「また無茶苦茶な。なにをするおつもりですか」


 諦めるように深々としたため息を吐く。


 「もちろん心を折るのですわ。もう二度とここに来られないように。平民には平民らしい生活がお似合いだってことを教えて差し上げますの」

 「そういうことしてるからワガママ王女なんて言われるんですよ。国民に」

 「そんなの勝手に言わせておけば良いんですわ!」


 ふんっとクラリッサの忠告を無視して、つかつか歩く。


 「おどきなさいな」「邪魔ですわよ」


 と、私の行く手を阻む貴族たちを威嚇する。

 そして彼女の元へ辿り着く。

 漆黒の長い髪の毛。艶やかでありながらも、黒色の髪の毛というのはやはりどうも歪で、そこはかとない恐ろしさがある。だけれど、気色悪さなんかは抱かない。本来は忌避されし髪色であるのにも関わらず、異常なほどの美しさを覚えてしまう。そして髪の毛とコントラストになっているような雪景色のような白い肌。もちもちしていそうで油断するとすーっと手が伸びそうになる。ハッと我に返って手を後ろに回す。それからじーっと彼女の瞳を見る。琥珀色の瞳。まるで宝石のように輝いていて、吸い込まれそうになる。


 「え、可愛い……じゃない」


 そう。うだうだ言ったが、結局はその言葉に集約される。可愛い。可愛いのだ。


 「あの、えっと……」

 「あなた!」

 「ひぃっ……」

 「わたくしと踊りなさい」


 手を差し出す。だけれど彼女はキョロキョロ見渡す。誰かに助けを求めるかのように。


 「カトリーナお嬢様。お言葉ですが、周りの目がありますし、そういうのは控えていただけますと」

 「クラリッサ、お黙りなさい! わたくしは、この子と踊りたいの」

 「ですが」

 「なによ、文句あるわけ? いいじゃない。ダンスくらい。この子だって別に嫌がってないのだし」

 「嫌がっているように見えますけれど」

 「気のせいよ。ね? えーっと、なんだっけ」

 「エレノア。エレノア・ローレンツと申します」

 「そう、エレノアだったわね。踊るわよ、エレノア」

 「じょ、冗談ですよね?」

 「あら、このわたくしが冗談なんていう低俗なことすると思いで? 本気ですのよ。というか命令ですわ。エレノア、わたくしと踊りなさい」


 私は可愛すぎる妾の子に興味を持った。

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