第2話 1回目の転生

 目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。


(……夢、じゃない。間違いなく、俺はあのとき死んだんだ)


 あの痛み。あの苦しみ。絶望の果てに、スラム街でゴロツキどもに刺され、殺された――そんなはずだった。

 なのに今、俺は赤ん坊の姿で布団の上に転がっている。


「おお、起きたか」


 低く優しい声が聞こえ、見上げると屈強そうな男の顔があった。

 口元には立派な髭。日に焼けた浅黒い肌は年季の入った筋肉を物語っている。年は四十代くらいだろうか。

 男の隣には、穏やかに微笑む女性――おそらく、俺を育ててくれる母親になる人がいる。


(……前の人生の家族とは違う人たちだ)


 村を追われ、スラムで朽ち果てた俺が、まさか別の場所でこうして“生まれ直す”だなんて。

 しかも、またもやアレンという名前で呼ばれているのが奇妙だった。

 偶然なのか、あるいはこの世界に何かしらの“仕組み”があるのか。今の俺には知る由もない。


 それから数年、俺は彼らの子として順調に育っていった。

 育ての父グラハムは、村で木こりを生業にしている。険しい山々が連なるこの地域では、豊富な森の資源を活かして薪や木材を得るのが重要な仕事だ。

 育ての母マーサは家事全般をこなし、ときどき小さな畑で野菜を育てながら、グラハムを支えている。


 前の人生の家族は、俺の“クソスキル”に嫌気がさしていた。今回の両親は今のところ優しく、温かい。

 でも、いつか“バレる”かもしれない。俺がもしまたハズレスキルを持っていたら、同じ運命を辿るのではないか――そんな不安が頭をもたげる。


「アレンも、もう五歳か」


 ある日、グラハムがしみじみと呟いた。

 この村では、子どもが五歳になると広場でスキルを正式に確認し、発表する習わしがある。

 スキルは人生を左右する重大事だ。鍛冶屋になれるのか、魔術師になれるのか、あるいは畑を任されるのか……。スキルによって生き方も周囲の評価も変わってしまう。


 前の人生で味わった“絶望”が脳裏をよぎる。


(またクソみたいなスキルだったらどうなる? 今回は少しはマシなのか?)


 数日後、村の広場に同年代の子どもたちが集められ、神父が一人ひとりのスキルを見ていく儀式が始まった。


「マリー、スキルは【水の恵み】。畑や家畜の水やりに適した良いスキルだな」

「エド、スキルは【木登り】。ふむ、地味ではあるが応用できる場面は多いぞ」


 続々と子どもたちのスキルが明らかになる。地味でも有用なスキルなら、周囲はそれなりに好意的だ。けれど前の人生での経験上、“ただ泥を跳ねるだけ”なんて論外だと痛感している。

 そして、ついに俺の番になった。


「アレン、前へ」


 神父が俺の額にそっと手を当て、短く祈りを捧げる。

 すると、儀式の規定どおり、神父の口から俺のスキルが告げられた。


「スキル――【薪割り】」


 一瞬、広場にざわめきが起こる。

 しかし、その内容は否定的なものではなかった。むしろ驚きと少しの歓声だった。


「おお、薪割りか!」

「こりゃあ、グラハムさんの家にはぴったりのスキルじゃないか」

「立派な木こりになれるぞ!」


 前の人生の【泥はね】とは比較にならないくらい、ずいぶんマシなスキルだ。

 グラハムは満足そうな笑みを浮かべ、マーサも安堵の表情を浮かべている。


(助かった……今のところ、問題はなさそうだ)


 心の底から安堵すると同時に、俺は少し複雑な思いにも駆られていた。結局、俺はまた“普通の村”から人生をやり直すんだな、と。


 スキル発表から数日後。

 グラハムは意気揚々と俺に声をかけてきた。


「アレン、薪割りの腕を試してみよう。お前ならできるはずだ」


 彼の隣には、調達してきた大きな丸太が積んである。

 俺はグラハムから木こり用の斧を受け取り、試しに一撃を振り下ろした。


 ズバンッ。

 思いのほか軽い衝撃とともに、木が気持ちよく割れた。


「おお、素晴らしい」

「さすがは【薪割り】のスキルだね」


 周囲にいた大人たちまでが感心している。

 確かに、前の人生では何をやっても“泥まみれ”になるだけだった。思わず俺の口元に自嘲気味の笑みが浮かぶ。


(同じ世界のはずなのに、こうも扱いが違うものか……)


 けれど、こうして普通に受け入れられていることに、素直に安堵を覚えている自分もいた。

 少なくとも、まだ“底辺”に落とされる心配はなさそうだ――今は。


 だが、それからほどなくして、運命を揺るがす出会いが訪れる。

 ある日のこと。俺は裏山で薪にできそうな木を探していた。斧を手に山道を歩いていると、かすかに人の声らしきものが聞こえる。


(……誰かいるのか? こんな奥に?)


 少し警戒しながら足を進めると、森の奥で何者かが倒れていた。

 ボロボロの服に、血のにじむ腕――危険な雰囲気が漂っている。


(まさか、怪我人? あるいは盗賊か……?)


 前の人生の記憶がフラッシュバックして、心臓が嫌な鼓動を打つ。だが放っておくわけにもいかない。

 俺は静かに近づき、倒れ伏す人影を覗き込んだ。


 “一度死んでやり直している”――この事実を自覚しつつ、今度の人生では何かが変わるかもしれない。そう思わせる、不穏な予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る