世界の半分

             *

 カーテンを開けて、私は空の色を確認する。茜色。

 窓を閉め切っていたから分からなかった。もう夕方か。

 体が地面に根を張ってしまって動けない。本能的な生への望みが心臓の鼓動となり血液を全身に送ったが、私の足は動かなかった。すっかり冷え切った床に私の足は吸い付いて、いつしか体も液体になって地面の深くまで溶け出していく。

 視界がぼやけていく。

 辺りの景色がねじれて、色が混ざって、やがて視界は一色に染まってしまう。空の茜色。あるいは私の血の色。


                   *


 長いこと目を瞑っていた。赤色が視界から私の体の中へと流れ込んでしまうのを防ごうと思った。一度溺れてしまえば二度と戻ってこられないだろうと直感的にわかっていた。

 死ぬのは怖くないが、自分が自分のものでなくなってしまうのは怖かった。身体が色に支配されて、私の内部が液体で満たされてしまう。心は寿命を迎えるまで赤色の海を泳ぎ続ける。身体が動かなければ死にたくても死ねない。そのときがくるまで、粘度の高い朱の中で意識を保ち続けてしまう。終わりのない地獄のイメージが私の頭の中をずっと駆け巡る。目を固く瞑る。

瞑る……。

 

                   *


「あけてー」

 弾かれたように目を開いた。空は深い藍色に顔色を変えて、月がぽっかりと浮かんでいる。私は手に汗を握っている。

「はぁーい」

 扉の向こうからの声に答える。地獄帰りとは思えない声の明るさ。

 さっきまで地面に打ち付けられて動かなかった足も、驚くほどするすると動く。

「五回くらいピンポンしたのに。何してたの?」

――ええっと、ちょっと地獄まで。

「いいや、普通に寝てた」

 空の茜色は通り過ぎた。空は私に嘘をついた。私も嘘をついた。


(真っ赤な嘘、か)


もうしばらく夕焼けを直視できそうにない。明日は曇りますように。


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世界の半分 @sekainohanbun17

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