少年が見た光。
@konpane
少年が見た光
静かな図書館の扉を押し開くと、ひんやりとした空気が肌を撫で、古びた紙の匂いが鼻をくすぐった。
窓の外では木々が風に揺れ、午後の光が柔らかく差し込んでいる。
本棚の隙間に身を潜め、僕は小さな背中を丸めるようにしてページをめくった。
学校の決まった席でもなく、家の静かな机の上でもない。ここが僕の居場所だった。
言葉の中に潜り込んで、世界の輪郭をそっとなぞるように。
その静寂の中で、僕は確かに感じた。
本棚の向こう側に、誰かの視線があることを。
見えないはずの影が、僕をじっと見つめている。
「怖がらなくてもいいよ。」
静かな声が、光のように時間を超えて響いた。
僕はそっと顔を上げる。
夕陽に揺れる瞳が、こちらを覗き込んでいた。
――僕たちの物語は、きっとあの時から始まっていたのかもしれない。
そして今、僕はまたここへ戻ってきた。過去と現在が交差する、この場所へ――。
ここは僕が子供の頃に来ていた図書館。
その日僕たちは休日を利用し訪れていた。平日の図書館には人も少なく、乾いたような静けさがある。
夕日に近い光が古びた本の背表紙を照らしていた。僕たちはその光をなぞるように、静かに本棚の前を歩いている。
「ねえ、その昔。君はここで何を考えていたの?」
ゆきの声が静寂を揺らすように響く。窓の外には緑豊かな木々が風に揺れ、午後の柔らかな光が室内に差し込んでいた。変わらない本棚、変わらない光。昔と今が重なり合うような、そんな静かな空間。
「何をって?」
僕はゆきの問いにただ静かに問い返した。
「ほら、この場所。昔と今が重なる、こんな瞬間に来たらね」
「その少年はここで何を思っていたのかなって……」
ゆきは僕を見つめた後、窓の外の景色を見ながらそう言った。
僕は少しの間、過去の記憶を手繰り寄せるように目を閉じ、そしてゆっくりと口を開く。
「毎日ここに通っていたって言えば、想像できるかもしれないけど……」
「僕は学校にちゃんとは通わない子供だったんだ」
その言葉にゆきは目を丸くして驚いた表情を見せる。
「学校に?」
僕は少し間を置いてから再び言葉を紡いだ。
「……それは君の質問に対する正確な答えではないかもしれない。でも、つまり、そういうことなんだ」
過去を思い僕は恥じるように呟いた。
しかしゆきは微笑んで言う。
「ふふっ、君らしい話だね」
ゆきは本棚を見渡しながら続ける。
「学校という枠組みには留まらず、代わりにここで時間を過ごしていた——そういうことか」
僕は窓の外の木々を見ながら静かに頷いた。
「うん、そうかもね……」
ゆきは僕の横顔を見つめた。
「君が昔この場所で、その瞳で何を見ていたのか、何を考えていたのか、私には正確にはわからない」
ゆきはゆっくりと言葉を続ける。
「でも——」
「つまり、君にとってここは学校以上の場所だったんだろうね」
ゆきは本棚に並ぶ本を眺めながら「哲学書、美術書、歴史の本……ここで読んだ言葉の数々が君の世界を広げ、君を形作ってきた」
僕は本棚を見つめながら「そうなのかな……そうでもないかもよ」と軽く否定する。
ゆきは本棚から[特殊相対性理論]の本を取り出し、ページの端に残された小さな書き込みを見つけた。
「ほら、この本のページの端に小さな書き込みが残されている。誰かが考え、何かを思いながら読んだ証」
「うん…」
僕は静かに頷いた。
「それはこの場所にいた多くの人が何かを求めてここに来ていたことを示している」
ゆきは本を閉じ僕を見つめた。
「君がここに通い続けていたのは……」
ゆきは少し微笑んでから「それは君が君であるためだったのかもしれないね」
僕はゆきの瞳を一瞬見たけど俯きながら呟く
「…そうかな」
ゆきは再び窓の外の景色を見ながら「君がどこにいようと、何を選ぼうと、私にとって君は変わらない」
「過去がどうであれ、今ここにいる君が、君なのだから」
ゆきの言葉が波紋のように僕の心の中に染み込んでいく。
-----つづく
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