夕暮れ時、夏と狐

社会ゴミ²の下剋冗長

第1話 『笹本湊人』1

「やぁ、君はどうして学校に来ない日が多いのかい?」

「お前に関係ねぇだろ」

「風紀委員だから関係あるんだよね、これが」


行き先を遮るようにこいつはオレの前に立ちはだかった。


「んなのオレが知るかよ」

「困ったなぁ、君が登校してくれないと私の内申点が……」


そう言われ、良心が痛む。


こいつにもこいつなりに何かあるだろうし……。


オレの都合だけで何か迷惑がかかっているとしたら、何だか申し訳ないと思ってしまった。

そんな自分もいる。


「いったい何が困るんだよ」

「聞いてくれるんだ、意外だね」


飄々と語るこいつを見て、本当は何も困っていないのかもしれないと感じた。


「まあ、一応……オレのせいでお前に迷惑かけてたら嫌だし……」


少しの間沈黙が流れる。


「…………」


オレはこいつの顔を見てみると声を殺して笑っていた。


「はぁ!?何で今ので笑ってんだよ!意味わかんねぇやつだな!」

「いや、いやだって…………ぷぷっ!!」


堪えきれなくなったのか声を漏らして笑い出した。

「お前、嫌なやつだな……」

「…………まあまあ、そう怒るなよ。実は君にしてもらわないといけないことがあってね」


笑いはおさまったようで、一息ついて口を開いた。

「だから何だよ、早く言え」

「まあ……してもらわないといけないと言うよりも、うーん何て言うのが最適なのか……」

「早く言えって」


わざとなのか、性格なのかずいぶんと焦らしてくる。

こういう面倒臭いの苦手なんだけど…………。


「……私のこと、覚えていないのかい?」

「は?初対面だろ?」

「……」

「…………」

「そうだね……風紀委員としては登校して真面目に授業を受けてくれるだけでいいんだけど……」

「は?それだけでいいんじゃねぇのかよ?」


オレの問いの対してすぐに答えず、オレの目を見つめてきた。

な、何がしたいんだこいつは……。


「な、なんだよ……まだ何かあるなら早く言えよ」


『キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン』


聞き慣れた鐘の音が響く。


「次の授業に行かないと間に合わないね。この話は後にして、ひとまず次の授業に向かおう」


パッと手を握られ、思わず払い除けた。


「な、なに手ぇなんて繋いでんだよ!」

「…………嫌だった?」

「当たり前だろ!初対面のやつと手を握りたいやつなんていんのかよ!」

「…………」


さっきまでとは違い、シュンとして肩を落としてしまっているようだ。


訳わかんねぇ…………。


「ひとまず、授業受けんだろ、行くぞ」


オレは声だけかけて急足で進むと後ろから追いかけてきたようだ。


「置いていくなんて酷いなぁ……」

「そうかよ、勝手にしろ」


歩いてはいるものの、かなり早いペースで歩いているのにこいつはペースを合わせてついてきた。


「…………」

「ねぇ、湊人くん」

「…………んだよ?」

「私の名前、知ってる?」

「知らねぇよ」

「悲しいなぁ、同じクラスになって3ヶ月目だと言うのに……」

「何だよ、クラスのやつの名前なんて覚えている訳ねぇだろ」

「そっか、湊人くんはそうなんだね。じゃあ今から覚えてよ」

「何でオレがーーー」


オレが言葉を言い終わる前にこいつは被せてきた。


「稲荷夕真」

「……夕真?」


……何か引っかかる…………でも、何が……?


「そう夕真だ、私のことは夕真って呼んでくれていいんだよ」

「そうか、稲荷か」

「え。酷いな、湊人は」

「呼び捨てかよ、オレのことは」

「それはそうだよ。君と仲良く…………」


変な沈黙が続き、稲荷の顔を見ると悲しみの表情を浮かべているように感じた。


「なんだよ……?」

「ううん、仲良くなろう!私たちなら親友にだってなれるさ!」

「はぁ!?嫌に決まってんだろ!だってオレにはーーー…………」




…………オレには????




「湊人?」

「な、何でもない……それより授業受けんだろ、着いたぜ」


オレはいったい何を言おうとしたんだ……?


ガラガラと引き戸を開けて、郷土資料室に入った。


「笹本遅かったなー、先生まだ来てなくて良かったなー」

「おう」


比較的仲の良いクラスメイトがオレに声をかけた。


「ん?稲荷も一緒?珍しいな、2人が一緒にいるなんて」

「そうかい?私と湊人、仲良しに見えるだろう?」


と、稲荷は言うとオレの肩に手を回した。


「離せって!」


ブンッと稲荷の腕を下ろして、オレは適当な席についた。


「嫌われてるぞ?」

「そんなことないけどなぁ……」


そのまま稲荷はオレの横に座ってきた。


何だよこいつ……。


授業開始のチャイムがなり、先生が部屋に入ってきた。

苛立ちを抑え、授業に集中するよう努めた。


「本日から、前から伝えていた通り私たちが住んでいる夕暮町について各自調べてもらいます。この2時間分の授業を使って、各々が調べることについて見つけてください。

次の授業からは各自調べ、最後に調べたことを確かめるため現地に行って目聞きしてもらいます。

わからないことがある場合は私に聞いてかまいません。さあ、それでは各自調べ始めてください」


先生の話も終わり、オレは調べたいこともなくフラフラと適当に歩いて資料を漁った。


この町、神社が多いな……。


元々オレは地元人ではない。

高校生になる時に親元を離れ、夕暮町に1人で暮らしている祖父の家で暮らし出していた。


子供の頃に来たことあるみたいだけど覚えてないしな……。


資料を片手にそんなことを考えていると、せっかく忘れることができていたやつの声が飛んできた。


「そんなに悩んでいるなら、私と同じものを調べないかい?」


ヒョイっと隙間から飛び出してきたかのように、オレと資料の間に現れた。


「ちょ、近いって!」

「そうかい……」

「な、なんだよ、お前……いちいちつかっかってきたと思ったら勝手に残念がるなよ」

「そうか、湊人にはそう見えているのか!」


急にパアッ花が咲いたようににこやかになった。


や、やっぱ訳わかんねぇ……。


「で、どうなんだい?」

「何が……」

「これだよこれ」


目の前に出された資料には”稲荷神社”と書かれているものばかりだった。


「稲荷……」

「何だい、湊人?」

「自分の苗字のルーツでも調べたいのか?」

「……まぁ、そんなところだね」


稲荷は目を逸らしていた。


……何か隠してるのはわかるけど、本当に何がしたいんだこいつは。


「まあ、いいぜ。他にやることもないしな」

「やった!それなら毎日放課後に調べに行こう!」


喜んだ稲荷はオレの手を握って上下にブンブンと降り出した。


「あー、もう!わかったって!いいから離せよ!!」

「オーケー、離すよ。今は授業の時間を使って調べようか」


あっさりと手を離して、稲荷は資料に向き直った。


「……稲荷、放課後もお前に付き合ってやる。ただ、今日はなしだ」

「どうしてだい?」


稲荷がちらっとこちらに視線だけを向けた。


「じいちゃ……祖父に帰りが遅くなるって言わないといけないからな」

「…………!」


全力で偉いと言わんばかりの態度を示してきた。


「うっざ……」

「湊人、偉いな!」

「当たり前だろ、じいちゃんは大切なんだから」


じいちゃんはばあちゃんがなくなってから元気がないように見えていた。

オレは元気だった頃のじいちゃんが好きで、じいちゃんの喜ぶ顔が見たくて、高校はじいちゃんの家から通える学校にしたのだ。


「そうか、うん、湊人はやっぱりいいやつだな」

「やっぱり?……どういうことだよ?」

「……内緒、湊人が自分で思い出してくれるまで、私からは言わないさ」


その日は訳のわからないことが多い日だった。

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