第16話 来店

「本当にレルンさん……なのか……?」


「………は、はい……」



場所は変わり、俺達は取り敢えず最寄りのデカいレストラン、”ミレトリア”へと入店し、俺一人と埜乃華&レルンペア二人とでテーブル席にて向かい合い座っていた。



「何で……その、そういう格好を……?」


「あっ……あの……!これは……わ、私の趣味ではなくて……ですね」




頼んでいたアイスコーヒーを啜りながら、彼女の姿を改めて見る。


既述した通り、どこで手にしたのか分からない制服を着て、黒かった筈の髪は金色のサイドテールに。化粧はしていないようだが、ここまで正反対の格好をされるとまるで別人に見える。


………だが口調などはそのままなので、ゴリゴリのギャルな見た目とのギャップが途轍もない。”矛盾”という概念そのものと対面しているかのようだ。



「これはね、さっき電話で話した時に私の隣にいた……七瀬って子の趣味なの」


「そっ……そうなんです!!!夕空が、『そっちの方がいいよ』って……!!」


「か、髪も?」


彼女は恥ずかしそうに毛先を摘まみ、俯きながら指先にぐるぐると巻き付ける。


「いえ……こ、こっちが地毛なんです。派手な髪色だから普段は黒のウィッグで隠してるんですけど、『金髪の方がイケてんじゃん』って……」


「七瀬さんが……?」


こくりと頷くレルンさん。電話越しの印象しか無いが、確かにそんな事を言いそうだ。


「…………じゃあレルンさんはあの後、真っすぐ七瀬さんと埜乃華がいる敷地内の病院に向かったって事か?」


通りで見つからなかった訳だ。選択肢にすら浮かんでいなかった。


「……」


「………哉太、何でって分かって……」


「え?………あっ!!!」



………なんてデリカシーの無い男なんだ俺は。


軽々しく触れてはいけない問題に踏み込み、口まで滑らせてしまった。………だが滑らせてしまった以上、誤魔化すことは……。



「………ごめん、レルンさん。俺、七瀬さんと君とのことを人から聞いたんだ。それで思い返してみたら、あの時の君はどこか、その……悲しそうな顔をしてた気がして。悩んでいるんじゃないかと思った。だからもう一回話がしたくて、勝手に君を探してたんだ……」


どうしようもない俺を、彼女は叱咤をせずただ見据えている。


「富和……さん……」


「えぇ……?ガジェットを身に着けてないこの子を、馬鹿みたいに広い敷地の中探してたの?無謀にもほどがあるでしょ……」


埜乃華が珍しく驚愕した表情を浮かべる。


「ほっ、本当にごめん!部外者の癖にズカズカと踏み込んでしまって………」


思い切り頭を下げる。しかし彼女は一切厭う様な表情を見せず、むしろ軽く吹き出し、笑い始めた。


「ふっ………ふふ……」


「えっ!?」


頼んでいたアールグレイを一口含むレルンさん。いつの間にか、先程までの赤面や困惑した様子は消えていた。


「おかしな人ですね。………たった一体のホムンクルスを、そこまで気に掛けるなんて」


「まぁ、けどね」


カップを置き、呼吸を置いた彼女は俺と同じく頭を下げた。


「……ご心配をおかけしました。でも私、その事について必要以上に悩んではいません。確かに私が夕空にしてしまったことを後に聞いた時は……ホムンクルスである自分が嫌になって、罪悪感で……どうしようも無くなってしまいました。でも夕空は、そんな私に”謝らないで”って言ったんです」


「七瀬さんが……?」


「私は自我を得てから暫くして、彼女の病室に行き……何度も、何度も彼女の横で謝り続けていました。そしたら夕空は、いきなり私に服とウィッグを突き付けて来たんです」



”なんで?”とツッコみたくなったが、空気を読んで黙っていた。

邪念を払う様に一つ咳払いをして、申し訳なさを抱えつつ再びアイスコーヒーを啜る。



「それから夕空は自分の事なんてお構いなしに、私に対して”ご飯ちゃんと食べてる?”とか、”ちゃんと眠れてる?”とか……”他の研究員で嫌な人とかいない?”とか、私の心配ばかりしていました」


「上京一ヶ月目の母みたいな心配だな……」


「彼女を傷つけてしまった私を恐怖の対象でも、でもなく、どこまでも一人の友人として向き合ってくれました。夕空が退院したら、もう一度ちゃんと謝りたい………って、多分彼女は『気にすんな!』と言って怒るかもしれませんが」


「………」



退院……か。


八雲の話だと、かなり傷が深いとのことだが……。そんな状況下でも、七瀬さんは彼女に罪悪感を少しでも抱えて欲しくなかったのだろう。


自分の症状を、はっきりとレルンさんに伝えていないのだ。




「だから私は、その……大丈夫、です」


「………そうか」



その力強い声色は、俺の懸念を払拭するのに十分だった。


全て杞憂だった。散々迷惑をかけてしまったが、後悔はない。……早速瑞葵さんに伝えなければ。



「改めて、お騒がせして申し訳ない!」


「い、いえ!顔を上げてください!!………私なんかの事を心配してくれて、むしろ……感謝したいくらいです……」


「多分これからもしつこいくらい首突っ込んでくるだろうから、いちいち感謝してたらキリないと思うよ」



机に突っ伏したまま、改めて安堵の余韻に浸る。いつしかアイスコーヒーは氷を残して空になっていた。



「はぁ……本当早とちり馬鹿だな俺……」



…………いや。


じゃあ、あの時の最初の表情は何だったんだ?

俺の考えが杞憂だったのなら、何で……



「な、なぁ。もう一つ聞い………」


声を掛けようとした瞬間、店の扉が開かれる。


「おや、こんなところにいたのか」


入って来た一人の女性が、こちらを見てニヤリと笑う。



「………誰だ?」



彼女の姿に全く見覚えは無い。だが何故かその声を、どこかで聴いた気がした。

次に口を開いたのは埜乃華だった。



「水島……」



……水島……?。




『………これはいけないねぇ哉太君。我が研究所の誇りと、下賤なホムンクルス風情とを見間違えるなんて』



海馬の隅で記憶していた、忌々しい言葉の羅列。


そこで気付いた。………那奈美と逃走して、追い込まれた時。


浮遊するドローンから聞こえてきたその声と、目の前にいる彼女の声が、全く同じものであることに。

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