第14話 過去

「あれ?……哉太さんじゃないですか!」


「………東雲さん」



レルンさんと別れた後、時刻は大体昼食時。一度那奈美の様子を見に行きたかったので電話を掛けたら、『少し一人にして欲しい』と断られてしまった。……やはりあの時、俺がキツく当たってしまったのが原因だろうか。


今日は学部の面々との顔合わせのみで、本格的な講義は後日スタートとなる。それまでに那奈美としっかり話をしなければならない。


と、意気込んだのは良いものの。遅刻したせいで朝から何も食っていなかったので、情けなさを感じつつ俺は単身で食堂に訪れていた。


そこへ偶然東雲さんが訪れ、声をかけてくれた訳である。



「八雲でいいですよ!……私も一緒にいいですか?」


柔和な口調で尋ねる。何故か、頭に装着したアイマスクを額まで上げた状態だった。


「あぁ、勿論。……俺の事も呼び捨てでいいよ。同じ新入生なんだし」


「………よ、呼び捨ては少しハードル高いので……か、哉太………でいきますね……!ていうか、お一人なんですか?那奈美ちゃんと埜乃華先輩は?」


「えっと、那奈美はまぁ……ちょっと疲れててね。寮に戻ってる」



どの道すぐ彼女の耳にもあの一件は耳に入るだろうが、今ここでベラベラ話すのも憚られたので咄嗟に誤魔化してしまった。



「でも埜乃華は分からないんだ。……さっき電話してたけど、なんかすげぇテンション高い女の子と一緒にいるみたいだった」


「あーーー!じゃあ七瀬先輩のお見舞いですね!」


「七瀬……?」



そういえば……さっきの電話でも、彼女は自らを”七瀬”と名乗っていた様な気がする。



「ん?……今、って……」


「あっ………そ、そうですよね。埜乃華先輩も、わざわざ積極的に口に出す話では……」


「いや、無理に聞き出すつもりはないよ。……少し気になっただけで、野暮な真似はしない」


「………いえ、研究員であればほぼ全員知っていますし、いずれ哉太さんも耳にすると思いますので………私から、説明します」



シンプルなうどんを目の前にして、彼女は手に持っていた箸を一度トレイに置いた。


それを見てすかさず俺も姿勢を正し、”ポテト増し増しチーズインハンバーグ定食”から目を背け、ナイフとフォークを置く。一人で食事を済ますつもりだったからと、ぶっ倒れるほど緊張感が無いメニューを頼んだ自分が恥ずかしい。



研究所入りディビエントという称号は、ご存じですか?」


「え?……あぁ。一応教えて貰ったよ」



埜乃華じゃなく、河瀬先輩にだけど。



「ていうかそれで言ったら、もその称号を得てるって事だよな!?」


「ぅっ………!!や、やく……も……」



新入生と言いながら、さっそく白衣を着て埜乃華との交流も深いという事は、つまりそういう事だ。あの時は何も知らずに接していたが、この子も成績上位1%の人間じゃねぇか……。



「………ん?どうしたんだ?」


「へぁっ!!?い、いえ……あ、あまり下の名前に慣れて……ないので………!っっっていうか!!私の話は一旦置いといて、七瀬……七瀬夕空ゆあ先輩も、当所は研究所入りディビエントとして、ホムンクルス研究に参加していたんです」



何故か赤らめている顔をそのままに、彼女は七瀬という人物について語り続ける。



「そうなのか……」


「そして、埜乃華先輩とは同期の中でも特に仲が良かった……らしいです。今もですけど」



交友に於いて”ナチュラルボーン鉄面皮”という名の壁が立ちはだかっていた埜乃華だが……ちゃんと親友が出来てたんだな。しかも後輩にまで慕われて……。



「えっ!?か、哉太さん……もしかして泣いてます!!?な、何で!?」


「…………続けてくれ……」



目頭を押さえつつ、会話の進行を促す。



「は……はぁ。………ですが、半年前………研究所で行われたホムンクルスの集団顕現中に、一人のホムンクルスが暴れ出してしまったんです」


「暴れ出した……?顕現直後に、拘束措置ホルダーを設ける筈だろ!?」



ホムンクルスが生み出されるまでに経る過程は三つ。


まずは原初の細胞の採取。これに関しては、必要に応じて研究所から申請された数の細胞が、国の管轄下にある限られた機関により採取され送られてくる。故に研究所側で出来る事は無い。


次に培養。古の混血種の遺体から得た体細胞は、始めから多能性(ほぼすべての臓器や器官を構成する細胞に変化出来る能力)を持っており、緻密に構築された適正環境下に置くことで分裂を開始する。


彼らと人間との生物学的な違いは”設計図”だ。人間であればDNAという設計図に基づいてタンパク質が生成され、そこから更に酵素や組織へと分化する。しかしホムンクルスに組み込まれたものは”次元”が違う。俗に言えば、人間のそれが某ロボアニメの1/144スケールプラモと仮定すると、ホムンクルスはそのプラモのの設計図を有している。比率だけじゃない。容姿は瓜二つでも、彼らの中には人が空想で生み出してきたもの以上の世界が広がっている。


……そして最後は、拘束。


培養から10時間後には、もうホムンクルスは成体へと成長している。だがそこから約30分間、彼らに個々の自我が宿るまでの時間が、顕現に於いて最も危険な段階だ。……原因は究明中だが、ここで通常、彼らは暴走する。


刻まれた原初の記憶故か、その暴走も設計図に含まれているのは分からない。とにかくバイタルに異常は無いがその間、指定された器具によって拘束措置を取らねば、人的な被害が生じかねないのである。



「それが……何故か器具が途中で外れてしまって。現場に見学者として居合わせた七瀬先輩が巻き込まれ、攻撃を受けたんです」


「外れた……?まさか、点検を怠ってたとかいう理由じゃ……」


「属する者の贔屓目ではなく、点検の怠慢や水準の問題は無かった筈です。器具の安全性に関しても」


「じゃあ、操作上のミス……なのか……?」


「その様です。拘束措置自体が規定より緩く設定されていて、そのまま顕現を始めてしまったと発表されています。……七瀬先輩は左半身に損傷を受け、それも神経への影響が著しくて……今後の治療経過によっては、研究を続ける事すら………」


「………」



世界的に研究が始まった黎明期では、よく報告されていた事故だ。


しかし事故後に当該のホムンクルスへ問うても、皆一様にその間の記憶は全く無い。ホムンクルスとして生を受ける段階での避けられない反応として、拘束措置ホルダーというシステムが構築されたのだ。


よって、彼らに悪意など無い。


”器具が外れた”という決定的証拠がある以上、居合わせただけの七瀬さんを襲った事故の責任は、顕現を担当した者及び研究所側にある。



「それ以来、親友の埜乃華先輩が定期的にお見舞いに行っているんです」


「………そうだったのか」



だが電話越しの彼女……七瀬さんの声には、微塵も悲壮感など含まれていなかった。



「で、そのホムンクルスは……?」


「研究員総出で拘束され……七瀬先輩が病院に運ばれてからすぐ、自我は定着しました。その後も心身ともに安定して、研究員に対して攻撃的な態度は全く見せなかったそうなんですが………」


「……ですが……?」


八雲はそこで眉を顰め、如何にも苦しそうな表情を浮かべた。


「七瀬さんと同じ、ホムンクルス研究員の父親がその報せを聞いて、後日……楼ヶ峰に、彼女の殺処分を嘆願してきたんです」


「なっ………」


「研究所側に責任があったのは明らか。暴走の程度も、通常のホムンクルスに生じるものと同等でした。よって嘆願は棄却され、研究所は当時の顕現担当者の辞任と賠償を以て事を収めました。………彼女はその後、研究所で正規のカリキュラムの下実験に協力してもらい、今はとして、討究学部に在籍しているらしいです」


「…………ん!?と、討究学部にいるのか!?」


「そう聞いています」



じゃあ当然、あの場にも……



「……名前は、分かるか?」



そんなことをわざわざ聞くのは、それこそ野暮ではないかと思いつつも……何故か俺は、脳で考えるよりも先に口を動かしてしまった。



「…………確か、レルン・ディエスという名前だったかと」


「えっ………」



彼女に声を掛けられた時に見た、悲哀と諦観に染まる表情が脳裏を過った。

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