第11話 遅刻

時は進み、翌日。



「やっ……やっちまったああぁぁぁあああ!!!」



入学のために必要な手続き、そして我々に与えられるカリキュラムの調整などはすでに終わっており……いよいよキャンパスライフの幕開けと相成った。


しかし、那奈美と出会った頃には既に入学式など終わっており、ただでさえ中途半端なタイミングでの入学で出鼻を挫かれている。


……更にあろうことか、浪人時代の家賃三万四畳半生活から一気に生活水準が上がった事による堕落によって、俺は入学当日なのに、およそ1時間以上も寝過ごしてしまっていた。



「やばいやばいやばい………!取り敢えずバッグと貴重品と資料……」


『おはよう哉太!ちゃんと眠れた?』



スマホの時刻を確認後即座に着替え、荷物をまとめていると……部屋の扉のむこうから、那奈美の声が聞こえてくる。


当然驚いて恐る恐る扉に近づき、ドアスコープを覗く。すると、完全に瞳孔が開き切った眼球が、こちらを瞬きもせず凝視していた。




「止まる止まる心臓が!!!………ってか、那奈美!?」


「そうだよー!開けてーーー」




爆裂に拍動する心臓をそのままに開けると、確かに彼女が立っていた。


ただし、一睡もしていないであろう黒々しい目の下のクマと……彼女の足元に広がる、明らかに扉の前で夜を明かしたであろう数々の飲食物。そして何に用いていたのか皆目見当がつかない、ベテラン鍵開け師が使う様なゴリッゴリに魔改造した聴診器みたいなガジェットを手に持っている。



「ヒエッ………!!な、何してんだお前!?」


「本当は昨日、流れるように夜這いしたかったんだけど……埜乃華に全力で止められたから、折衷案として哉太の寝息を一晩中で聴いて待ってたの!」


「何と何を折衷したらそんな解に行きつくんだよ!!!そんなエキセントリックな行動で貴重な睡眠を削るな!!!ちゃんと寝ろ!!!」




あろうことか先に起き………いや、そもそも寝てすらなかった那奈美も、俺と同じく遅刻している。俺一人でもまずいが二人共はもっっっとまずい。


「と……取り敢えず行こう!!!」


「待って!!今寝息の録音データをwavとmp3形式でそれぞれ7トラックに分割してノイズ除去を……」


「なんだそのカスの音声作品は!!!成人男の寝息なんぞ早よ全部消せ!!!」




指数関数的に増していく焦りを剥き出しにして、俺はそのまま彼女を引き摺るように寮から出ていくのだった。





◇◆◇





「レルンさん……これ、完全によね」


「え、えぇ………まぁ確かに、良くない状況ですね」




……金曜日。本来であれば、普段は各々の講義があり同学部の面々が一堂に会することはあまりない。


他の学部と比較し、ほぼホムンクルスのみで構成されたこの討究学部の人数は凡そ1000人弱と少ないが、こうして講堂に全員が集合している光景を見ると……まだホムンクルスがこれほどいる光景に現実味が沸かない。


が、しかし。上記した感想は約にはもう既に脳内で済ませていた。


本日、我々が合間を縫って参加しているこの集会。”特例で入学した新入生二名の紹介”という小中学生が行う様な謎の催しに於ける主役の二人が、開始予定時刻から一時間経っても未だ来場していないのである。




「そもそも、後出しの新入生の紹介ぐらいでわざわざ全員集める必要ないよね!?もーーー今日忙しいのにさぁ~~~」



扇形に展開している講堂内部。その中心の最後列に座る私と、私の隣でひたすら愚痴を展開する、先日共にこの学部に入った同期のイオナさん。地味な風貌の私と違い季節を意識した服を着こなし、橙色に染まる短い髪が特徴的な女性型のホムンクルス。



「何か、私達が周知するべき事情があるのでしょうか……?」


「えーーー?ないよ絶対ーーー!!!普通に研究所から学生認定受けたホムンクルスでしょーーー!!?まぁ仲良くはしたいけど、とりあえず今はここから解放してよーーーー!!!」


「すごい声響いてますよイオナさん………」



しかし彼女の感想は最早、講堂内の世論になっている。困惑や苛立ちによって学年問わず皆ざわついており……壇上に立つ富和瑞葵室長、並びに討究学部の学部長は、眉をヒクつかせながらその他の教員達と何かを話していた。


離れていて断片的にだが、会話中の単語がうっすら聞こえてくる。



「………何で遅刻………………連絡………………寝………!?…………二名共……………殺処分………」


「え、今殺処分って言った………?」


「………教員から出る語彙ではないですね……」




やがて、ざわめきが最高潮に達しようとする最中。


壇上から降りて左側の、観音開きの大扉が思い切り開かれ………二人の男女が転がり込む様に入場してきた。




「す………すみませぇぇええぇぇえん!!!おおお遅れまして申し訳ありませぇぇえん!!!」




男性の方が、宛ら命乞いの様な慟哭と共に膝を突き、流れる様に土下座を行う。


一方、女性の方は微塵も悪びれる様子無く、”私が抱えて走った方が速かったのに~~~~”と意味のよく分からない発言を、不貞腐れた様子で放っていた。


その様子を見て富和室長が、呆れ果てた様な声色でマイクに声を乗せる。




『え~~~~諸君。お待たせして申し訳ない。たった今、本日紹介する筈だった主役が到着した訳だが………二人共、何か言っておきたいことはあるかい?』


「”最期に”って事ですか!!!?勘弁して下さいごめんなさい!!!」




突然の登場に、一同は一瞬静まり返る。しかしその直後、彼らの不満が噴出し再びネガティブな言葉が飛び交うどよめきが発生し始めた。




「男の方はともかく……あの女子、これだけ待たせといて全然反省してなくない!?………あ!てか隣の男になんか抱き着いてるし!!!何!?何で大遅刻したうえに公開イチャコラ見せられてるの!?」


「お、落ち着いて下さいイオナさん………カップルを見るなり血眼になる癖、やめたほうがいいですよ……」



『気持ちは分かるが諸君、静粛に。…………時間も無い故、詳しい紹介は後にして、最低限伝えなければならない部分をまず最初に話す。聞いてくれ』




その一言で、多少は騒ぎが静まる。


室長は彼らを手招きし、当の本人……特に男性の方は依然として我々の方にぺこぺこと頭を下げながら、指示に従い壇上へと登壇した。もう一人の方はまだヘラヘラしていた。




『えーーー…………では、まず彼………富和哉太の素性についてだが』




「………そういえば、あの人………」


「なに?レルンさんもしかして知り合い?」


「えっ?い、いや………全く」




と言いつつ、実際は見覚えがあった。、一瞬だったけど………その隣の彼女も記憶に残っている。




「てか素性って、ただのホムンクルスでしょ!?私達と同じ!今更何を紹介する事が……」


「……いや、でも今………って言ってませんでしたか………?」



未だ少々のざわめきが残る中、構わず室長が言葉を続ける。



『隣の彼女はホムンクルスだ。しかし、彼はそうではない。人間だ』



そこで、完全に群衆の声が途切れた。

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