ZR Code:Relife──探偵代行と【乖離した空】──

此咲夏

探偵代行の燈家潜入編

第1話 「助けて」の文字

 2025年初冬。バイト先である探偵事務所からの帰り道にて、ポケットの中のスマートフォンが振動する。


 何の気なしに取り出して、顔を認識し自動的に開かれた液晶画面を除く。通知欄にはバイト中に溜まったであろうメッセージが並んでおり、一番上にそれはあった。


「助けて」


 たった一言だけ打たれた意味深なメッセージは、多少の交流があった女子からのものだった。交流があると言っても、姉の許嫁の妹というだけで大した関わりはない。


 連絡先も顔合わせの際に交換したもので、義務感覚で送られた「よろしく」のスタンプしか履歴には残っていない。


「助けてって、何をだよ……」


 呆れたように言葉を溢した僕であったが、考えてみればこのメッセージは不安感を駆り立てるには充分な要因だった。


 親しくもない相手から送信されたSOS。

 二時間前を最後として途絶えるメッセージ。

 彼女の家で暮らす僕の姉。


 考えすぎかもしれないが、彼女のメッセージが家がらみな物であるとするならば……僕の全身に鳥肌が立つ。


 僕は踵を返し、探偵事務所の方へと走る。


「まさか、だよな」


 そんな事があるはずがない。しかし、一度生まれてしまった不安や心配を、僕は簡単に消し去ることはできなかった。


 彼女から何が起きたのかを聞き、姉の無事も確認しなければ気が済まなかった。


 一応、姉にメッセージを送信しておいた。思い違いであるのなら、姉から普段と変わりないメッセージが戻ってくるはずだ。


 走る事数分、探偵事務所の少し先にあるバイク屋に僕は辿り着いた。ここは友人がやっている店で、僕の行きつけである。


「怜次郎、バイクの修理できてるか」


 店のドアを勢いよく開け、店主である男に問いかける。趣のある店内の中には整備中と思われるバイクの数々はあるが、彼の姿はない。


「あれ、出掛けてるのかな」


 おかしいなと髪を掻きむしる。いつもならこの時間帯は店にいるはずなので、もしかしたら奥で作業してるのかも。


 僕は店の奥へと進む。


 奥に向かうにつれ、ラジオの音が聞こえるようになった。怜次郎はともかく、妹の方は電子機器の切り忘れはしないので店にはいるだろう。


 けれど店の最奥にも彼らの姿はない。普通の客ならここで不在と見て諦めるが、ここの店にはちょっとだけ秘密がある。


「上にいないのか」


 そう、僕が今いるのはこの店の地上。この言い方なら察することが出来るだろうが、ここには地下室がある。


 今いる店の最奥部屋に立て掛けられている時計の針を0:00にする事で、仕掛けが発動し、あれよあれよという間に階段が現れる。


 防音がしっかりしているので階段が出てこなければ、下の音は一切漏れない。故に、一部の人間しか知り得ないのだ。


 階段を降りると、趣のあった店内から一転し近代風の作業スペースに突入する。これこそが、彼らの作業部屋である。僕のバイクを修理・カスタムする時の専用だ。


「怜次郎、修理終わってるか?」


 もう一度聞くと、今度はしっかり返答が帰ってきた。


「……終わってる」


 あ、声音が暗い。いつもならここから怒涛の説教が繰り出す。原因は、僕にあるが。


「ありがとう、じゃあ早速使わせてもら──」

「────言いたいことは色々あるが一つだけにしてやる。お前、まじで、ステラ・ストライクやめろ!!!!」


 僕の言葉を遮り、いつもの説教が始まった。


 怜次郎から放たれる強烈な威圧感に押し負け、僕の体が後ろに仰け反る。相変わらずとんでもなく怖い顔をしている。


 浜利怜次郎、25歳。都内の有名大学を卒業後、何故だがバイク屋を開業した男。僕とは昔馴染みの付き合いで、いわゆる天才である。


 ごめん、ごめんと何度も謝る僕に追い打ちをかけるように、部屋の奥から妹が現れ説教に参戦する。


「私のSeekStellaを何度壊したら気が済むんですか、ほんとに!!」


 ま、追い打ちと言ったけれど妹の方に大した圧は持ち合わされていない。


 愛くるしい低身長で整った顔立ち。手入れの行き届いているサラサラの黒髪を靡かせている、笑顔の可愛い少女。浜利梨子、24歳。大学を飛び級している天才でもある。


 兄とは違って怒り方が絶妙に可愛いので、わざとバイクを壊して持ってくる輩がいるのだとか。まったく、迷惑な話だ。わざとではないけど、バイクを壊しに壊している僕が言えた事ではないが。


「ごめんって。それに前回は、捜査対象が変に逃げるのがいけないんだって。そうでもなきゃ、ステラ・ストライクはしないから」

「だからって他の方法があるだろ!!」

「その為に装備も充実させてるんですから」

「あったねそいえば」


 僕は職業柄、バイクを使う頻度が高い。危険を少なくする目的で、彼らにバイクの改造をしてもらっている。


 常人が絶対に使わないカスタムや、ボタン操作で取り出せる装備等々……いらないものまで詰まっている。


 先程から名の上がっている「ステラ・ストライク」もその一つだ。


 緊急事態が起こった時用に備えられている最終攻撃手段なのだが、使い勝手の良さから多用しすぎている。その度に修理行きなので、毎度の如く怒られ続けているのだ。


「まぁいい……今回も前回同様に修理しておいた。あと、ちょっとだけバージョンアップを兼ねた改造もしておいた」

「お、ありがとう……ってかこのバイク、もう原型留めてなくない?」

「一応スズキ特有の装飾は残しておくようにしてますけど、結局は使い勝手です!私も乗れるようにしました!」

「それ、いる?」

「これで二人乗りできます!!」


 絶対に使い勝手が関係のないカスタムを施されている気はするのだけれど、修理は終わっているようで安心した。


 僕の愛車「SeekStella」。免許を取って念願のバイクを購入した直後に即改造した為、元がスズキのどのモデルだったかまでは思い出せない。


 確か……じーえすえっくす、えすせんなんとかだった気が。あれ違ったかな。まぁいいや。


 バイクのエキスパートである彼らに任せているので、デザイン性も性能も問題なしだが、少し原型を気になる時がある。いつか調べてみよう。


「急いでいたが、次は何処に行くんだ」


 バイクを見てご満悦な僕に、じとーっとした視線で怜次郎は聞く。視線から、もう壊す事が確定しているように思われている。心外だ。


「なんか姉さんの許嫁の妹から、助けてっていうチャットが来てたんだ。何にも無いかもしれないけど、心配だから確認したくてね」


 僕の言葉を聞いた怜次郎と梨子は少し意外そうな顔をして、2人は顔を見合わせた。


「ねえ兄さん、軌跡って人の心配をする人でしたか?」

「いや。あいつは決して主人公みたいな事はしない」

「ひどくね?」


 関心される訳でもなく、心外な事を言われた。悲しい。


「イタズラの可能性はありませんか?」


 梨子は真面目な顔をして僕に聞く。確かに、イタズラの可能性は考えているけど、違う気がする。2人にも聞いてみよう。


「イタズラかもって考えたけど、特段親しいわけじゃない相手だから言い切れなくて。2人はどう思う?」


 僕の問いに2人は頭を悩ませる。彼らなりに考える事があるのだろう。先に口を開いたのは梨子の方だった。


「となると、妙ですね。私ならわからないので直接確認します!」

「やっぱり?」

「イタズラじゃなかった時が怖いので!」


 梨子から視線を移し怜次郎を見ると、彼はまだ考えていた。顎に手を当てて、じっと床を見つめている。数分経った後に、顔を上げた。


「俺もイタズラとは思えないな。変なイタズラなら、おふざけが過ぎる。連絡も途絶えているのだろうし、行くのがいいだろうな」

「だよね」

「あと、お姉さんには連絡したのか?」

「そうだ!さっき連絡したんだよ……」


 僕はポケットからスマホを取り出し、二十分ほど前になる姉とのトーク履歴を確認する。が、返信はおろか既読すらついていなかった。


 おかしい。普段の姉ならどんなに時間が掛かっても五分で返信がくる。となれば、やっぱり……。


「駄目だ。連絡がない」

「イタズラの線は薄くなったな」

「ちょっと怖いですね……」


 今すぐにでも駆けつけるべきだろう。何かあってからでは遅い。


 すぐさま料金の支払いを済ませて、バイクをかっ飛ばそう。法定速度ギリギリを攻めて、何とか一時間程で到着出来るだろう。


「怜次郎、会計頼む」


 僕は財布を取り出す。


「後でいい。急いでんだろ?……梨子、遠出用のバックパック持ってこい。」

「はい!私も行ってきます!」


 僕を静止したかと思えば、梨子に指示を出す。彼女は作業部屋にかけられたバックを取ると、ちょこちょこと戻ってきた。


「え、何?」


 困惑する僕に、怜次郎は説明する。


「梨子も一緒に行く。……危険な場所に行くなら整備員は必要だ。梨子を向かわせたくはないが、SeekStellaに関してはこいつの方が詳しい」

「え、でも何が起こるかわからないし」

「大丈夫だ。お前になら梨子を任せられる」


 万が一にでも事故起こしたらどうするんだよ。責任取れないよ?と僕は心の中で焦った。


 梨子を見るとやる気に満ち溢れた顔をしている。あ、これ何言っても聞かないやつだ。なので僕は渋々承諾する。


「分かったよ……梨子ちゃん、よろしく頼むよ」

「はい!お任せください!」


 僕は怜次郎から鍵を受け取ると、バイクに跨りエンジンを掛ける。エンジンがすんなり掛かり、調整の良好さを確認する。


 危ないので一度エンジンを止めると梨子が後ろに乗り、ヘルメットを被り僕の腰に手を回す。


 あれ、僕のヘルメットどこだっけと考えていると横から怜次郎が持ってきてくれた。そういえばこっちもメンテナンス頼んでいたのだった。


「ありがとう」


 ヘルメットを被ると、内蔵された電子機器が起動され近未来的なUIが浮かび上がる。


 SeekStella用のアシストヘルメット。相互連動機能を内蔵しており、何キロ出ているとか電源の残量とかを瞬時に確認できる優れ物だ。


 何より音声認識で便利機能を使用できる点が魅力で、怜次郎と梨子のバイク愛がひしひしと伝わってくる一品。


 準備は万端だ。


「よし、行くか」

「わかった」


 怜次郎は壁のスイッチを押す。すると、壁の一面が上へと登り始め、簡易的なエレベーターが現れる。


 バイクをそこまで移動させると、エレベーターは上にゆき地上室へと移動が完了した。エレベーターが固定されると同時に、店のガレージ部分のドアが素早く開かれる。


「じゃあ行こう」

「はい!行ったりましょう!」


 僕はグリップを力強く捻った。


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「SeekStella、目的地を燈家に設定」


 音声認識を用いて、ナビを設定する。ただのバイクに不自由のない便利機能が搭載されているのだから、あの兄妹は恐ろしい。


『目的地を確認。燈家まで、法定速度を遵守した場合……到着時間は一時間二十分。多少無視した場合……到着時間は五十分程度です』


 目的地言っただけで時間まで割り出してくれる。ここまではあって当然だが、法定速度を無視した場合も計算してくれる。


 普段では使う機会なんて早々ないが、今回ばかりは使わない訳にはいかない。なにせ急用なのだから。


「法定速度を無視して構わない」

『確認しました。時短プログラムを作動し、近隣の警察官の位置を考慮したナビを開始します』


 それにしても、法定速度を無視するっていう決断を下した時のバックアップが完璧なんだよな。警察の位置を特定して時短までするとか、本当にどうなってんだよ。


 でも幾ら他機能が安定しているとはいえ、法定速度を破って走行する事は危険極まりない。車や人が飛び出したりなんてすれば、止まれずに大事故だ。


 お願いします、何事も起こらないで下さい。そう祈りながら、僕は法定速度を破って走り続ける。


「軌跡くん」


 後ろから梨子が声を掛けてきた。


「どうしたの?」


 事故らないか心配で仕方ないので、全神経を前方に集中させたまま反応する。


「法定速度を破る事は本当に危険です。ですので、このような時用に新しいプログラムを導入して起きました」

「え、本当に?」


 なんてよく出来た子なんだ。全てにバックアップが行き届いている。というか、僕がいずれ法定速度を破って走ると思われてた?


「はい!音声認識で走行補助の命令をお願いします!!」

「分かった。SeekStella、走行補助を頼む」

『確認しました。急な事態に対する補助、一部自動運転を導入します。自動運転の際にはヘルメットに電子音を流しますので、再度電子音が流れるまで力を多少緩めてださい』


 うん。すご!!最新技術ってすげえ!!


「梨子ちゃん、ありがとう」

「搭乗者の安全を確保する事は、バイクを任された身では当然ですっ!!」


 僕のお礼を聞くと、何処か上機嫌そうな梨子の声が聞こえてくる。この感じからして、自信作だったのだろう。いつもより声音が高い。


 走行補助が作動しない事が一番だけど、あるに越した事はない。現時点では何も起こっていないので、この調子でお願いしたい────と、思った刹那。


 ヘルメットに電子音が響く。


「梨子ちゃん、しっかり捕まって!!」


 僕は声を張り上げ腕の力を少し緩める。


 梨子の手に力が入る。


 バイクがハンドルを左に大きく切ったかと思えば、車体を大きく跳ね上げ飛び上がる。一瞬何が起こったかさえ分からなかったが、何かしら仕組みがあるのだろう。もう理解出来ない。


 飛び上がった車体は何故だか加速し、一定先の距離でゆっくりと着地した。落下時の反動などは完全に相殺されており、搭乗者に負荷がかからないように設計されたのがわかる。


 電子音がもう一度鳴る。


「SeekStella、自動運転を頼む」

『確認しました』


 僕は自動運転をさせると、後ろを振り返った。そこには唖然と立ち尽くしている少年がおり、ボールを抱えている様を見るに飛び出してきたのが分かった。


 補助、凄っ。


 じゃなくて、一体なんだったんだ。今の一連の流れ全てが現実味を帯びておらず、フィクションのようになっていた。


 梨子に聞かなくては。


「梨子ちゃん、今のは一体……?」


 梨子はなんとも誇らしそうに語る。


「自動運転は勿論、車体を上げるための強力なバネを内蔵してます!!そして空中でも機動力を失わないための風力モーターを搭載っ!落下時の負荷相殺を可能にすべく、特殊滑空ユニットも備えてます!!」

「す、すげー!」


 なんっっっもわかんねぇ!!


 説明を受けて一つもピンと来ないことある!?本人は理解して話してるんだよ!?え、僕が頭悪いだけ!?


 もう全部フィクションの産物かのように話を進めたくなる。とにかく凄いことはわかったが、滅多に使わないようにしよう。


 命と驚きが幾つあっても足りはしない。


「SeekStella、あと何分で着く」

『確認しました。予想、残り三十分』


 もう既に五十分以上経っているようにも思えるが、現実ではそう時間が掛かっていないらしい。


「何もないといいけど……」


 僕はバイクを走らせた。

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ZR Code:Relife──探偵代行と【乖離した空】── 此咲夏 @yakiri_dayo

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