大谷翔平と山田という男

元気モリ子

大谷翔平と山田という男

(以下敬称略)



私は「大谷翔平」をよく知らない。


私より一学年上で、アメリカの何処かでただならぬ活躍をしている野球選手である。

それ以上の情報は今のところ手元には届いていない。


「私が大谷翔平より一学年下」なのではなく、「大谷翔平が私より一学年上」とナチュラルに言っている点に、恐らく私のとんでもなさが潜んでいるのだろう。



それに引き換え、私は「山田」という男のことをよく知っている。


彼は日本の大阪府という地域に住んでおり、先日長年飼っていたヤモリが亡くなった。

10年以上前、そのヤモリを飼い始めた頃に一度ご挨拶に伺っているので、私も悲しさはひとしおであった。

しかし大往生である。


彼とは大学一回生の頃に知り合い、唯一大学時代から残っている親友である。

自分のことが世界一大好きらしく、大学時代には「自分がいかに愛おしいか」という2万字の論文を書き上げ、そしてそれを誰にも見せないという特大のキモを成し遂げている。

キショに極めて近いキモである。


酒・女・タバコ

これら全てを網羅した時代錯誤も甚だしい生活ぶり。

某お見送り芸人似の美貌。

そしてそれに伴う土色の顔色。

そのくせ頭は切れるし仕事もできるので、社会人として案外真っ当に日々を過ごしている。

動物にも優しい。



そんな山田は、最近元気がない。




「大谷翔平」

先日、ある会話の中で「大谷翔平」という名前が出た際、私は自分が大谷翔平について何も知らないことに気が付いた。

脳みその中にある「大谷翔平」という引き出しを開くと、「なんか凄い野球選手」という小さなメモが一枚だけ入っていた。


世界的にこれほど有名でも、知ろうとしなければこんなにも知らずに居られてしまう。

そのことに驚いた。


そして私はあろうことか、

大谷翔平よりも山田に詳しいらしかった。



しかしながら、大谷翔平もまた、「山田」という男のことを知らない。


歳も変わらない「山田」という男が、この星のどこかで少し元気をなくしている。

そのことに気が付いているのは、山田を取り囲む数人の人間と犬だけであり、山田に関心のない人間は気が付いてすらいない。


大谷翔平もまた山田に関心がないので、そのことを知らない。

憶測で物を言っているが、断言して良い。

大谷翔平は山田に関心がない!



皆さんはどうか。


「山田って誰やねん(笑)」と笑っているあなたはもう、山田について知ってしまった。

私のように大谷翔平をよく知らない人がいるなら、現時点であなたは大谷翔平よりも山田に詳しい。

「山田」という引き出しが今、ぱんぱんになった。


どんなに凄いことをしていても、

どんなに良い奴でおもしろい奴でも、

知ろうとしなければ知らないままどこまでもゆく。

久しぶりに乗った満員電車は息苦しく、迷いのない線路を進み続けた。

これだけの人が居るのに、私はこの人たちの凄さを何ひとつ知らずにここまできた。

見たい窓からの景色だけを見ていた。


吐き出された駅のホームは明るく、新しい空気の中をみんな散り散りに歩き出す。


私は「大谷翔平と山田!そしてみんなよ!どうか元気で!」と、ひとりベンチに腰掛けた。



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