男は魔法使いになれるらしいが、女は妖精になれるらしい

高山小石

男は魔法使いになれるらしいが、女は妖精になれるらしい

「三十歳で処女なら妖精になれるぅ? は。なれるもんならなりたいわ」

 

 今日が三十歳の誕生日の私は、一人暮らしの部屋で一人、ノンアル片手に小さなホールケーキをつつきながら、スマホ相手にくだを巻いていた。


 平日真っ只中の誕生日なので、近くにいる友達には先週、先祝いをしてもらった。


 仕事から帰宅し、離れて暮らす親や友達から届いていたお祝いメッセージを読んでいたら、「妖精なら仲間だよ」とあり、意味がわからなかった私はググったわけだ。


 なれるもんならなりたいとは口にしたものの、有名な『三十過ぎても童貞なら魔法使いになれる』よりも知名度が低いからか、『三十過ぎても処女なら妖精になれる』と言われてもあまりピンとこない。


「魔法使いの方が万能感あるからかなぁ。あー、妖精になったところで、助けにならなさげだからかも」


 私にだって気になる人がいるにはいる。ただ、声をかけるタイミングや覚悟がない。エイヤッと踏み出す勇気が出ないのだ。


 その人は、仲の良いチームで何年も同じ職場で働いている、気心の知れた相手だ。それなら、ちょっと二人だけのご飯や遊びに誘うのに、なにをためらう必要があるのかと思われるかもしれないが、考えてみて欲しい。


 うまくいけばいいけど、お断りされたら?

 フラれてからの職場は地獄だろう。


 今までの良い関係が壊れてしまうくらいなら、このまま仲の良い状態をキープした方が良いのではと守りに入ってしまい、現状維持のまま時間だけがどんどん過ぎてしまったのだ。


 あぁ、どうせなれるなら、杖の一振りでなんでも解決できそうな魔法使いが良かった。

 魔女やら魔法少女やらも希望先として候補に挙がっていたけれど、魔女は個人的になんだか信用されなさそうだし、魔法少女に憧れていた時期が過ぎてしまった自分には、少し違う感が拭えない。


 なんてグダグダとりとめもないことを考えていたからか、誕生日の翌朝は寝過ごしてしまい、スマホを見る間もなく、慌てて準備して満員電車に飛び乗り会社に滑り込んだ。


「あ、おはよー。良かったー。妖精だー」


 え、誰?

 新人が入る季節じゃないのに、フロアで親しげに出迎えてくれたのは、若いゆるふわ系女子だった。


「ほんとね〜。ついに妖精は二人だけになっちゃうんじゃないかって焦ってたけど、良かったわ〜」


 うしろから、ほわほわ可愛らしく声をかけてきたのも、見慣れないゆるふわ女子だった。いや、マジで誰?


 二人とも、声は聞いたことあるような気がするんだけど、朝から妖精発言しても似合う、こんな若いゆるふわ女子、フロアにはいなかった。

 思わず二人を食い入るように見つめていると、


「もー、そんなに見られたら照れちゃうよー」


 可愛らしくポコポコする仕草にハッとする。

 え、もしかして私を指導してくれてたクールな先輩? 大胆なイメチェンでわからなかった。てか、高級エステか整形レベルで若返ってない?


「そうそう、私は眼鏡かけてる方が見えなくなっちゃったから、今日はもう外してきたのよ〜」


 ほわほわ女子がポンと手を合わせる。

 その仕草、そしてうちのフロアで眼鏡をかけてる女性は、いっつもキッチリ隙なく着込んだ御局おつぼねさんしか……。


「そんな、まさか」


「も〜。似合わない格好だって言うんでしょ〜? 体が勝手に選んじゃうから仕方ないのよ〜。あなたも着てるでしょ〜?」


「いえ、お二人ともバッチリ似合ってますけど。あなたもって、えェッッ!?」

 

 私は電源の入っていない黒いPCモニターに映る自分の姿に悲鳴を飲み込んだ。二人と似たゆるふわコーデな自分がいる!


 ゆるふわコーデを嫌いなわけではない。三十代に近づくにつれ控えるようになっただけだ。

 とくに誰かからなにか言われたわけでもないんだけど、若い子と並んだとき、自分が勝手に比べてしまって、いたたまれなくなったのと、年相応の格好の方がカッコいいなと思えてきたからだ。


 慌てて鏡を出して顔を確認すると、ありがたいことに、目の前の二人と同じく、二十歳過ぎたくらいの見た目年齢になっていたので、ほっとする。


「な、なんで若返ってるの?」


「なんでって、妖精だから仕方ないよー。妖精は見た目変わらなくなるんだよー」


「そうよ〜。それに、楽しくて心がウキウキすることしかできないのよ〜」


「えぇ? それで仕事できるんですか?」


 二人曰く、通常業務もするけど、空気清浄機みたい(?)に、場を活性化させて作業効率を上げる存在らしい。


「もー、それも忘れちゃったのー?」


「一緒に、妖精しましょうねって約束したのにね〜」


「ねー」


「約束した記憶ないんですけど。え、これ、私がおかしいの? まさか魔法使いもいる系?」


「もちろんいるよー」


「いいなぁ。私、魔法使いになりたかったです」


「魔法使いはストイックだからオススメしないかな〜」


「それって、今からでも魔法使いになれるってことですか?」


「なれるよー」


「なれるの!?」


「ん〜、魔法を会得する資格は三十歳まで処女なだけなんだけど〜、魔法の習得が一筋縄ではいかないのよね〜」


「ひとつ習得するのに年単位かかるよー」


「そんなに!?」


「まず、魔法省まで行って、妖精から魔法使いへジョブチェンジするのが大変なのよね〜」


「え、申請したらいいだけじゃないんですか?」


「ノンノン。どんな魔法を使いたいか、その魔法をどう活かしたいかプレゼンして、通らないとダメなんだよー」


「申請が通るまでに何年もかかってしまうと、ついつい恋愛に逃げて、資格を失っちゃうまでがお約束なのよね〜」


「あるある……しかも恋愛に逃げるって」


「そうそう。そのうえ魔法使いじゃなくなったのに、破局したら悲惨だよー。二度と魔法使いにはなれないからー」


「まぁ、妖精だって、恋愛したら人間になっちゃうけどね〜」


「え? 魔法使いや妖精同士でも普通に結婚できないんですか?」


「できないよー。妖精は楽しいことしかしないから、自分が一番なんだよー」


「自分以外の相手を大事に想う時点で人間化しちゃうわよ〜。もちろん二度と妖精には戻れないわ〜」


「人間にならないように、魔法使いはストイックに魔法以外に目を向けないから魔法一筋の頑固者になっちゃうしー、妖精はそもそもなんにも縛られたくないから、いつでもゆるふわだよー」


 だからクールだった先輩も、厳しかった御局さんも、こんな風になっちゃったんだ。いや似合ってるし楽しそうだからいいんだけど、二人をそれなりに尊敬していた私にはちょっと引っかかる。

 でもそれよりなにより問題なのは、


「助けになるどころか、魔法使いも妖精も、恋愛のハードル高すぎじゃないですか!」


「恋愛なんて恐ろしいことしなきゃいいんだよー。妖精でいれば、ずっと若いまま楽しく暮らせるよー」


「そうよ〜。気ままなお一人様の生活も楽しくていいわよ〜」


 若さはともかく、今の私が、すでにそんな生活を送っているのだから、気楽な生活の良さはよくわかる。


 でも、その生活をしているからこそ夢見てしまうのだ。ただ一人のぬくもりを。


「普通に冬の夜景とかバレンタインとかクリスマスとか! ベタなシチュエーションで、イチャイチャしてみたい! ううん。そんなイベントなんて贅沢いわない。ただカレカノな仲になって、恋人手つなぎデートしたいだけなのに!」


 自分の声に目を開ける。


「え……私、寝てた? 今の夢?」


 ガバリと身体を起こして、姿見に目をやった。

 少しくたびれたいつもの私だ。

 良かったぁ。妖精じゃない。人間だ。


「はぁ〜〜」


 思わず深いため息をついてしまうくらい変な夢だった。


「どうせなら、もっと夢のある魔法使いや妖精なら良かったのに」


 恋愛だって、想うだけで人間化とか、恋愛に逃げるとか、散々な扱い過ぎた。


「はぁ。目が覚めちゃったし、早いけど起きよ」


 朝ごはんもちゃんと食べられ、用意もさくさくできたので、いつもより一本早い電車に乗れた。


 この時間だと、まだ空いてるんだなぁ。


 そこそこ混んでるけどすし詰め状態ではない快適な車内が珍しくて見ていると、


「「あ」」


 気になるあの人を見つけてしまった。

 同時に声を上げたあの人がこちらに近づいてくる。


「おはよう。この時間で会うの初めてだな」


「おはよ。いつもこの時間なんだ?」


「うん。ラッシュは苦手だから」

 

「あぁ満員だと息苦しいよね。少し空いてるだけで、こんなに快適だとは思わなかった。私もこの時間にしようかな」


 なにも考えずに言ってからハッとした。

 しまった。踏み込みすぎた。ストーカーとか思われてないよね?


「あっ。でも私、よく寝坊しちゃうから毎日この時間は無理かな」


 これで大丈夫そ?

 この人は気さくそうに見えて、こちらが踏み込みすぎるとシャッターを下ろすタイプだから、一定の距離感を保つことが大事なのだ。

 

 さり気なく顔を見ると、驚いたあとに笑っていた。せ、セーフ?


「こうやって話せたら、電車乗ってる間も楽しくていいな」


「え、スマホ見ないの?」


「酔うんだ。紙の文字でも酔う」


「あぁ。それは退屈そう」


「仕方ないから外の景色ばっかり見てる。もうすぐ桜が咲くなとか、あの屋根のカタチおもしろいなーとか、あそこの工事終わったなとか」


「へぇ」


 釣られるように窓の外に目をやると、異国風の大きな一軒家が通り過ぎていった。


「今のって、ただの家にしては大きいね。でも看板とかなかったから、富豪の家?」


「ふ、あの家やっぱり気になるよな。俺も気になって調べたら、洋食屋らしいんだ」


「中に入れるんだ。内装がどんな風になってるか見たいなぁ」


「案内しようか? 洋食屋だってことと、場所を調べて満足して、俺も行ったことないから気にはなってたんだ。あ、俺は味のほうね」


「え、助かるし、ご飯もめっちゃ楽しみ」


 ちょっと!? なんでこんなにトントン拍子に二人でご飯行く話になってんの? さも普通の顔して会話するのに精一杯なんだけど!


「良かった」


 ホッとしたように笑う顔にキュンとする。

 あぁ煩悩まみれの私は、妖精にも魔法使いにもなれないわ。

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男は魔法使いになれるらしいが、女は妖精になれるらしい 高山小石 @takayama_koishi

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